陣地をとられた!

台湾最南端の墾丁(カンティン)という海辺の美しい街に夫と娘と週末に遊びにいったときのこと。

若者に人気のほうのビーチはドリンクバーのスタンドが並び、楽しそうだったけれど、久しぶりにとにかく静かに海の音を聞いて一日中ビーチでゆっくりしたかったわたしたちは、岩場と砂浜が入り混じったワイルドめなほうのビーチに行った。

予想していた通り、こちら側の海は人も少なく、なんのサービスもないけれど、砂浜に沿って群生している木々がちょうどよく木陰をつくり、水遊びに疲れた私たちがお昼寝するのに丁度良いパラソルの代わりとなってくれた。

翌朝同じビーチに行くとまたお気に入りのスポットが空いていた。ラッキー!一日をまたここで過ごそうとワクワクとシートを敷いた。

だんだん日差しが強くなり、お昼にしようと、その日は娘を抱っこして、大通りまで行き簡単にご飯を済ませ、よし、戻ってまたお昼寝をしよう!と意気揚々とお気に入りのビーチに歩いて帰る。すると、私たちのシートが見当たらない。遠くからでもはっきりわかるほどの派手な大きな布が見当たらない。その代わりに二十人くらいの若者グループがガンガンに音楽を鳴らし、大きなテントを張っている。とりあえずそこまで行ってみてみると、その派手な柄の私のシートは、彼らのテントの後ろで、砂まみれになって隠れていた。

ものすごく、ものすごく、とてもとてもムカついた。

もともと喧嘩っ早い私の性格を知っている夫は、先回りして、やんわりと彼らに私たちのシートの上に侵入しているダンボールをどけるように伝え、私にあっちの方にも木陰があるから移動しようと、したくを始めている。娘は大音量の音楽に体を乗せてダンスまでしちゃっている。私はものすごく腹を立てていた。クリーニングなんて、もう全く忘れて、ただただその失礼さ、無神経さ、理不尽さを頭の中であげつらい、どれだけこれが悪いことか、まるでいつでも誰かに説明できるように、とにかく怒っていた。さっさと他の場所に移動してしまった夫と娘を追う前に、相手に伝わるように彼らを睨んで行くことも忘れなかった。

次の場所は、岩が影を作ってくれていた。娘が夢中になっていた蟹がたくさんいる岩にも近くて、とても居心地が良い場所のはずだけれど、まだまだ私の中のマグマは沸騰中だ。理不尽で、悔しくて、次から次へと怒りストーリーが展開して行く。夫と娘は切り替えて、というかもともと何事もなかったかのように楽しみ初めている。そんな彼らの様子にさえ腹が立った。なんで平気なの?あそこは私たちのお気に入りの場所じゃなかったの?誰とも共有することができない消化不良な苛立ちで海も風も何ももう感じない。なんだか意味もわからず、ふてくされて、孤独で、なんだかもう苦しい。帰りたい。どこか私を怒らせない、静かなところに帰りたい。

そう思ったところで、ふと内側でクリーニングが始まった。どうすることもできないからそうしたのか、何か自分で気づいたから始めたのか、とにかく、この怒りを自分でクリーニングしようとクリーニングを始めた。

みんなの海なのに。

ちゃんと早くきて、陣地を取ったのに。

娘と夫とのんびりとしたかっただけなのに。

クリーニングしても、次から次に、私の中にいろんな説明、言い訳、声が次から次に出てくる。でもそれをクリーニングして行く。せっかくみんなで海に来ているのに、自分だけが楽しめないことへの恥ずかしさみたいなものも出てくる。それもクリーニングして行く。こうしている間に、もう旅行の残り時間はどんどん過ぎて行くことに焦る自分を感じる。それをクリーニングする。

「見せてくれてありがとう」

「愛しているよ、愛しているよ」

痛い心にアイスブルーと心の中でいい続けていた。

こんなちっぽけな自分を誰にも見られたくなくて、横になって寝たふりをしながら、とにかく、溢れる想いをクリーニングし続ける。こんなことでキレて、ただ楽しそうに遊んでいる若者を睨んだりして、恥ずかしい、という気持ちをクリーニング、その一方で、マナーが悪い人がいる世の中を呪うような重たい気持ちをクリーニング。

続けているうちに、ふと涙がこぼれた。寂しかった。なんだか、世の中とうまくバランスを取れない寂しい記憶、調和を持てない自分を愛せず、恥ずかしむ記憶、今日を楽しみにいろんなことを我慢して来たこと、それを台無しにされたこと、いや台無しにしているのが自分だという深い後悔。

怒りという重いふたが少し軽くなったら、その下から見えて来たのは、怒りではなく、寂しさと恐れだった。うまく人とやりあえない、みんなが盛り上がっているのに一人だけ冷めちゃって楽しいことをたくさん逃してきおたことへの後悔みたいなもの、なんでもすぐに怒ってしまう小さな自分がもう恥ずかしいからと、忘れようとした数々の気持ちが緩やかに流れてくるのをただただ見てクリーニングしていく。

だんだんと波の音が聞こえて来た。日差しがサンセットに向かいだんだんと優しく、空の色も青が濃くなって来ているのが目に入る。涙を拭いて、夫たちを探すと、水しぶきをあげながら蟹を追いかけ回している。

沸騰していた頭よりも、中心がお腹あたりに戻ってきて、不思議ともう心が荒れていないことに安心する。家に戻って来た。そう実感する。怒りという嵐に飛ばされない、安心の家がなんとか保たれた。

怒りに圧倒され、長いこと水分を取っていなかったことに気づく。お水を飲んで、ふと目を若者たちがいたテントの方に移すと、みんなでジェスチャーゲームを始めていた。冷たそうに見えた若者たちはもしかしたら初対面同士の人もいたのかもしれない。ジェスチャーゲームに夢中になってみんな心からの笑顔でとても楽しそう。気のせいか、爆音でかかっていたと思っていた音楽は波の音に消えてしまうくらいのちょうど良い音量だった。

自由な自分をかんじる、それが喜び以外の何ものでもないことに気づく。

私が欲しかったのは、自然以外のなにもない無音のビーチでも、お気に入りのスポットが私の陣地として確保され続けることでもなく、まるで目の前の波のように無限にリズムや形を次から次に変化させ、調和をもって、生きている自分。

自分が思い描いた今日一日を思いっきり超えて、そこに緩やかに、そしてワクワクといる自分。そんな自分を一瞬思い浮かべ、とても幸せな気持ちになった。

想像を超える平和、はいつだって私の頭では全然追いつかないところで起こる、そのことを強く思う。

さあ、今を楽しもう。頭が追いつかないように、クリーニングしながら、今目の前にあることを楽しもう。娘と夫はいつの間にか、海の中で泳ぎ始めていた。わたしも恐る恐る日焼けした肌を水につけてみる。ひんやりとした水が心地よく、どんどん泳ぐ、ブイのある辺りまで泳いで初めてビーチを見返すと、それぞれの人が、犬が、シートもテントも、ビーチボールも、全てが夕陽に照らされて、優しく輝いて見える。もう一度クリーニングする。このビーチのどこにも、誰にも、私の記憶を残して行ききたくなかった。私が自由であるために。

またビーチの方に戻って、娘と砂遊びを楽しむ。もう心が溺れてはいない。二人で波が来て消されてしまう前に砂の上に夢中でいろんなものを描く。

「ごめんなさい」

ふと、後ろから声をかけられる。

振り返って見るとそこには数人の若者がテントの方からやって来ていた。

「全然帰ってこないからいいかなと思って、あんな風に邪魔しちゃってごめんなさい」

タトゥーだらけのその男女たちはとても優しい目をしていた。申し訳なさそうにしゃがんでいる彼らに、心から「ありがとう」と言うことができた。「とても楽しみにしていた旅行だったから期待が大きすぎて、すごい怒っちゃって」とわたしが言うと、「娘さん、とても可愛いですね」と言って彼らは娘と遊び始めた。

ちょうどその頃、夫がビールをどこかから入手して戻ってきた。

もうマックスに真っ赤に照らされたビーチには、大好きなビールと家族とさっきまで敵だった者同士がそれぞれのことを自然にしながら、大きな海にありがとうといっているような優しい気持ちで、ただただ、自由に調和しているような気がした。

 

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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

先日、コメントで、「毎瞬、毎瞬クリーニングするにはどうしたらいいですか?」というメッセージがありました。

私はこの通り、日々のほとんどをクリーニングを忘れ、怒り、嘆き、笑ったり、落ち込んだり、ドラマクイーンを生きています。でも、毎回とはいかなくても、時にこうして、ふとクリーニングを思い出し、実践して行くと、頭で捉えている現実がシフトして、本当に内なる自分が手放したかった傷だったり、何か自分の人生でブロックとなっている記憶をクリーニングするチャンスを与えられます。

本当に苦しい時、クリーニングすると、人生の宝物と出会う瞬間があります。

怒っているとき、それが最もだという確信が強ければ強いほど、そこをクリーニングしていくと、自分の持っている、もう固いを通り超して、わたしの骨なんじゃないかというようなものがゆっくりと剥がされ、何か元の自分に戻れる、そんな不思議な感覚がときにあらわれます。実際の問題がどう変化するか、それが好転するしないに関わらず、わたしにはその自分の内側に起きる感覚のようなものが大きな鍵であるとしか思えません。

同時に、それを期待せず、ただただ、また思い出したその瞬間に、純粋な気持ちでクリーニングできるようでありたいです。私の場合、ヨガでもホ・オポノポノでもそうですが、これがいい!と思ったとき、よし毎日続けるぞ、と意気込んでいる時、その瞬間はヨガもクリーニングもしていないことがほとんどです。そういうとき、

何か自分でないものを見て、今この瞬間ではなく、ほかの何かを期待している、記憶を生きている瞬間、にすり替わっていると感じます。だから、思い出したらクリーニング。ただそれだけを、ウニヒピリは見ているのだと思います。

一歳半の娘に「後でね」が通用しないように、あとでではなく思い出したときに「今この瞬間はクリーニング」をしたいと、こころがけています。

 

ありがとうございます。

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アイリーン

ホームスイートホーム

子供を連れて旅をしていると、今までになかった出会いに恵まれるようになる。

今回のバリの旅でも、何組もの家族旅行者や一人旅をする若い女性たちが、きっと赤ちゃんがいるというなんとなく安心な気配によって、心がオープンになって、今までわたしが一人で旅していたときにはなかったような速さで打ち解けあうことができた。

オレゴンから来ていた4人家族は中学生の娘さんと小学生の息子さんに半年間学校を休ませて、ホームスクーリングをしながら世界中を旅している最中だった。ご夫婦は二人とも外科医で、昔から家族で世界旅行をするのが夢だったそう。そして、去年いまだ!と思い立ち、バリで2カ国目の旅の途中だった。育ててきたものが今大きくはじけている最中というエネルギーが彼らの周りを燦々とと輝いかせていた。きっと日々ものすごいストレスフルな職業なのであろうそのご夫妻が、こころからこの旅を楽しみ、子供たちと一緒にいようとしている姿にたくさんのアイディアをもらった。

オーストラリアから来ていた大人4人、プラス5ヶ月の赤ちゃん連れグループは、中学生からの友人カップルで赤ちゃん初の海外旅行にみんなで協力してやってきたのだそうだ。ある大雨の日、彼らがステイするヴィラについているプールサイドでお茶でもしようと誘ってくれた。せっかくだから、と赤ちゃん二人を泳がせ始めると、ぴたっと雨がやんだ。子連れカップルとそうでないカップルが、たまにちょっとギクシャクしながらも、旅を良いものにしよう!今までもずっと色んなことを4人で一緒に乗り越えてきたんだ、という気持ちがウブドのドロンと優しい雨上がりの気候に乗せられわたしにまで届いたようで、なんだかぐっときてしまった。そのときも十分ステキな見た目だったけれど、きっと彼らの日常生活ではもっともっと洗練されたステキな若いカップルなのであろう4人に赤ちゃんが加わり、ウブドというちょっと自然の力のほうが強い場所がそんな四人を裸んぼに近い形にしていて、環境に適応しようとする素直な姿勢がそれはそれはステキだった。そしてその良い意味でちょっと鈍臭いようなかんじは私たち夫婦も同じ(私たちは日々そんなかんじですが)で、それがみんなをストレスなくつなげてくれたのだと思う。その夜わたしは、今までの友人たちとのテンポやノリに娘が生まれてから自然と出てきた変化に少しだけ勝手に傷ついたり、とまどっていた自分が不思議と癒されているのを感じた。ただただ、子供が生まれたことを彼らがどんな状況であったとしても祝福してくれていることに感謝がわいた。

短い旅の中でいろいろな人たちと出会ったが、その中でも特に印象に残っている家族がいる。フランス人とロシア人の夫妻で、彼らの2歳の娘さんとわたしの娘が同じ名前だったことから 打ち解けて、子供たちもきゃっきゃと楽しく遊び、毎朝楽しい時間を過ごした。奥さんにはヨガを教えてもらったりした。それはそれは美しいご夫婦で、カメラマンだった彼がモデルだった彼女と恋に落ちて、子供を授かり、バリで出産し、世界中を旅していたんだ、という想像するだけでこころがときめくようなステキな家族だ。娘が2歳になったので、出産したバリに戻ってきたという彼らに、次の目的地はどこなの?と聞くと、ふたりとも一瞬だけしゅんとなったことに気がついた。その一瞬だけれど、何かこころがきゅっと締め付けられるような、悲しくなる何かがわたしの中でも大きく動いた。気を取り直して旦那さんが言った。

「ひとまずフランスに戻って、何か売ったりしようと思ってるんだ」

すかさず奥さんが口を挟む。

「でももしかしたらロシアで料理屋をするかもしれないじゃない」

そこで二人がほんの少しだけきつくなりあって、でも、あ、ここはバリだよね。私たちまだ旅の途中だよねと気づき合ったように、二人して、

「実のところどうしようかまだ決まってないんだ」とちょっと困ったような顔をして言った。
彼らはとてもピュアだった。

夢をコンパスにして旅を続けてきたけれど、どうしても色んな現実が出てきて、今まで通りの旅は続けられなくなった。だって子供はどんどん大きくなるし、それは素晴らしいことだし、育てていくために必要なことを見つけなくちゃいけない、大人になるってそういうこと?それでも、私たちの中にはまだまだ冒険心があるよ、でも、今、思いと現実は少しギャップがでてきたから、いったん旅は休んで、まずはどうにかしないとね。

言葉にしてしまえば、ただそれだけになってしまうけれど、それは、すべて私の中にある夢や痛み、すべてだったのだ。彼らのように旅をしながら生活したい、という意味ではない、何かたくさんの積み重なったものが自分の内側にまだざわざわしていることに気づかされた。

こんなに輝いている彼ら、この世界を本当にこんなに自由にそして健康的に生きている彼らに旅を続けてほしいとあんなにも痛いくらいに 切に願った私の中にこそ、その記憶があったのだ。
そう、彼らは完璧なんだ。何も失っていないし、足りてなくない。彼らがどんなに寂しそうにしたって、声に悲しみが乗っていたって、彼らはパーフェクト。

彼らのピュアさに私自身が内側に今まで抱えていた痛みや願いを、今体験したのだった。

ただ単純に子供がいたってノマドな生活で世界を旅したいという願いではなく、何かきっとずっとずっと大きないのちが動いてから、何度も何度も繰り返してきた、夢破れてきた記憶、変化に追いつかない記憶、大きな社会に小さくなってしまう記憶、一体何なのかはわからない。ただ、憧れや夢が記憶になって自分の体以外のあらゆるところにもぷかぷかとそこらじゅうにあるんだということに気づいた瞬間だった。
あのときの誰かそしていつか大昔の私の夢、叶わなかった夢、憧れ、願望が世界中にあふれている。そして、それは全部自分の内側にもともとあったのだ。日常の中で、会社で、デートで、旅先で私たちはそれを拾ってはクリーニングし、拾っては動かされ、またクリーニングして、自分に還るためだけに旅を続けている。
自分が思っている自分像、自分はこうあるべき、こんな生活をすべき、こんな子育てをすべき、これはすべて記憶だよ、本当の自分はゼロだよ、とホ・オポノポノで学んできたけれど、そのときわたしは深くそれを飲み込むことができた。

 

だってわたしが痛みや不快さをクリーニングしたら、やはりその家族はもうキラキラと完璧でかわいくて美しくて祝福せずにはいられない、そんな存在だったのだから。そして、それはその瞬間わたしが今築いているわたし自身の家族に対して感じることだった。
記憶をクリーニングして夢から醒めるってものすごく素敵なことなのかもしれない。憧れとか夢をクリーニングすると、それがなくなるわけじゃない。どこかで生まれたその夢たちをクリーニングしてゼロの今に戻ったとき、わたしの中にはこれまで以上に冒険心やクリエイティヴィティーがわいているのに気づく。でもそれはもはやしがみつくものではなく、今を生きるために必要なすごく使い勝手の良いツールのような存在だ。

 
「 みんな本当のお家に帰りたいだけなんだよ。

クリーニングしてお家に戻ろう。

Home sweet home .」
あるとき、ヒューレン博士が言っていた。

 

どんなに冒険に満ちた旅をしていたとしても、全然希望していなかった会社で毎日働いていても、結婚してなかなか新しい家族と馴染めなくても、買い物中でも、お茶していても、みんなお家に戻る旅を続けている者同士。

 

わたしはわたしの帰路をクリーニングを通して進んでいこう。
お家の帰り道に出会う人、もの、出来事との素晴らしい時間を大切にしよう。
そして、またどこかで会えたら嬉しいな。彼らの旅路が善きもので守られていますよう。

 
わたしもそしてこのブログを読んでくださるあなたも、それぞれのお家への道がどんなものであったとしても、いつももともとの自分そのものである平和と自由を思い出し進んでいけますように。


追伸:

とても久しぶりの投稿だったにもかかわらず、あたたかく、そして気持ちのよいコメントをいただきありがとうございます!とても嬉しいです。母に伝えたら「こんなに書いてないのに、読んでくださる方がいるだなんて、もっと書こう!と思わないの??!!」とすごい剣幕でまくしたてられましたが、それはそれでクリーニングしつつ、読んでくださるみなさまのコメントややさしい気持ちからたっぷりエナジーチャージして、これからもマイペースにそしてこつこつ書いていきたいです。本当にありがとうございます。

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アイリーン

ウブドの朝

夜中に雨の音で突然目が覚めて、アレコレと考え始める。
ああ、せっかく赤ちゃんに起こされず寝れていたのに、もったいないことしたな。

わたしよりも先に母や父、長生きしてくれているおばあちゃんが死んでしまう確率は高い、それは本当に悲しいし、想像しただけで心が苦しくなってしまう。

ここはバリのウブド、なんとか乗り越えた大家族で過ごす台湾の旧正月からせっかくここまできたんだから、こんなこと考えていないで、さっさと起きて瞑想でもしようか。
ああ、昨日街に出た時に見つけた籠バッグやっぱり買っておけば良かったなあ。

来週からまた現実の生活だ、仕事のこと、移動のこと、色々と心配だ。

いやいや、先のことばかり考えないで今を楽しもう!今ここはウブド!

娘はとても楽しそうだけど、無理をさせていないかな。あれこれとわたしの好きな場所に連れ回したけれど、夫は本当のところ好きなのかなあ?

また色々考えちゃった、これだからなかなか今に満足できないんだよな、ポジティブなことでも考えよう…
と、ここまできて、ふと体の奥の方から、ごちゃごちゃとして真っ暗にしか見えないような部分から、わたし、ではない色々なことを形態を変えて手放したいと、教えてくれる何かに気づく。
これがきっと私のウニヒピリ、その存在を知ってからもうすぐ10年がたち、誰よりもわたしなのに、わたしがもっとも忘れやすい存在だ。
バリに来る飛行機の中で、いっしょに楽しもうね、たくさんクリーニングしようね、と陽気に話しかけていたはずなのに、今の今までまた忘れていた。
でも、また教えてくれた。

考えないようにしたって、心臓の部分がバクバクしてしまうくらい、キュッと息が止まってしまいそうになるくらい体の感覚まで使って、わたしの中にもともとある、不安、恐れ、焦り、悲しみを、今このタイミングで見せてくれた。
そこから、静かに息をして、ホ・オポノポノの呼吸法をして、自然とベッドから起き上がると、隣には娘、そのまた隣に夫が静かに寝息を立てている。
大丈夫、

今私たちは守られているし、わたしは一人の大切な存在として今自由に動いてもいい。
出て来る思いの度にクリーニングしていく。愛しています、ありがとう、

怖いよ。ごめんなさい、許してください。ドキドキするよ。ありがとう。愛しています。
思い立って、お湯を沸かして、そのままカップに入れて、外に裸足のまま出てみる。夜中の大雨で道のタイルがピッカピカに磨かれている。

すべての緑たちが朝を迎えるために一斉に湧き立っている。そのエネルギーに押されるようにして、もう少しまっすぐ川の方まで向かってみよう。

クリーニングを続ける。想いが静かになっていく。

ウニヒピリに話しかける。

いつも忘れちゃってごめんね。すごく傲慢にコントロールしていたね。

あんなに素敵な景色をたくさん見せてくれたのに、お礼がまだだったね。
そうしてベンチを見つけ、世界が自分の内側に戻って来るまでウニヒピリに話しかけ、想いが出たらクリーニングしていた。
鳥たちの朝を告げる鳴き声がわたしに新しい1日を知らせ、濡れた足の裏が生暖かい風で自然と乾いていくのに全身がリラックスし、でも目は言葉にならないたくさんの緑色をしっかりと捉え、見たこともないような鳥色形に驚き、頭は冴え、わたしはわたしに戻っていく。
そうするうちに、自然とまたブログに戻って来ることができました。


とてもとても長いこと、まさに放置していたこのブログ、もしかしたら何度か見にきてくださった方もいらっしゃったかもしれません。

いつも、書こう書こう、書かなきゃ、と思いながら、新しい家族と毎日を過ごすのに体も頭もいつも精一杯で、ブログ、ブロ、ブ…と、たどり着くことができませんでした。
思い出しては重い気持ちになり、だんだん怖くなったりもして、でもその都度クリーニングして、今わたしにとってようやく気持ちよくまたページを開くことができました。

まさにマイペースですが、また色々と書いたり、見たことを自由にシェアしていきたいです。
わたしは相変わらずすったもんだしつつも元気です。大好きな娘と夫とウブドにきて、すばらしい体験をしています。

それでもこうやって記憶はいつでも、その素晴らしさとは別のところにすっとわたしを連れていき、でも戻る方法も知っていて、その間をまだまだ冒険中のわたしです。


写真はたった今の今朝の写真と昨日の夕方です。

バリ、ウブド

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去年の終わりに、赤ちゃんが生まれ、新しい命ってほんとうに、とにかくフレッシュな存在で、とても大きくて、それと近くで関わっているあらゆる人が、これまでの淀みを清算しないとどうしようもない、そんな流れがみなに起きた。わたしは夫との関係だったし、夫は実の両親とのこと、弟はしごと、みたいに、何かしら、大きく動いた年末年始。

そして、わたしの母にとって、それは大掃除、大断捨離として現れた。わたしの母も伯母も、生い立ちから抱えてきたいろんなことから、なかなかものを捨てられない、祖母が残してきた、形の残るもの、残らないものをいろんな形で抱え込むというのを、わたしも幼い頃から見てきたけれど、母はそれを今までいろんなセミナーだったり、そしてホ・オポノポノと出会ってほんとうに素晴らしく変化させていった。

でも、ものを溜め込む、手放すリズムみたいなものは、なかなかまだまだうまくいかないようで、母の家に行くたびに、いろんなことを言いたいけれど、それをクリーニングしたり、口にしてしまっては、大げんかになり、またクリーニング、、、みたいなことを繰り返してきた。

そんな中、母はとうとう一大決心をして、部屋を生まれ変わらせる、いろんなものとお別れをする、ことを決意して、じわりじわりを動き始めたのだが、その姿、プロセスは、痛々しくもあり、たくましくもあり、弟と手伝いつつ、見守りつつ、なんだか母のウニヒピリの様子を目に見て、感じる、そんな体験でした。その中でフリマに参加したり、今までいなかった娘の存在がみなにとってなんだかたくましく、今こうしてあのときのことをまとめようとしても、まだまだまとまらない、そんな感じです。

おかげさまで、母は新しい新居でのびのび新生活を始め、大きく起こした行動の疲れや思いの整理を静かにしています!

そんな大掃除のときの話、毎日、途方もない作業が行われ、一体全体どうやったらこれだけものが溜まるんだ、この家のどこかにブラックホールとつながる場所があるに違いないと思わずにはいられないほど、ものが、とにかく、ものが、、次々に出てきては、悲しい気持ちに、出てきては、苛立ち、出てきては、怒り!と、わたしもクリーニングをしたり、忘れたりしつつ手伝い、母、わたし、弟は作業を進めていった。

ある日、「使えるものはどうかこの中から使って」と、母から大きな紙袋を渡されて、家に持ち帰って、それを開いてみると、たくさんの食器洗いスポンジや洗剤、未開封の雑巾的なクロスや、そのほかさまざまは掃除便利グッズが入っていた。それらにはすべて、半額シールなどがついていて、きっとこの10倍の数がそれぞれ見つかったのだろうな、これはその一部に過ぎないのだろうな、と思うと、途端に怒りがこみ上げてきた。いっそ、この袋ごと捨ててしまえ!捨ててやる!とその言葉通り、とても暴力的な気持ちにまでなった。

わたしは身内にとても短気で、ふと、こんなスイッチが入ることがある。その時もスイッチは入り、それまで結構大きな気持ちで母を手伝ってきたのに、掃除の疲れも手伝って、その紙袋が原因で、感情は揺れに揺れた。紙袋をそのまま、ゴミ捨てばに持って行こうかと、手提げの部分を乱暴に手に取ろうとしたとき、一番上にちょこんと乗っていた未開封のスポンジのプラスチックの袋が電気に反射してキラリと光ったのが目に入った。

そこで、なぜか一瞬クリーニングした。ただ、「ごめんなさい、愛しています」。

そして、そのスポンジを手にとって、パッケージを読んで、破って、中のスポンジを出してみたら、不思議とこんな声が聞こえたのだ。

「お母さんは綺麗にするために買ったんだよ」

とてもかすかだけれど、優しい声だった。

そして映像まで、なんとなく見えた。それは母が会社の近くにあるドラッグストアのその売り場で、いくつもあるスポンジの中から、このスポンジを手にとって、老眼の目をこらしながら、説明やこのスポンジの凄さを一生懸命読んで、このスポンジが有能で素晴らしいものとして、自信を持って、嬉しくて、爽やかな気持ちで、レジに運んでいく母の姿をわたしははっきりと感じた。

わたしの手に入った、その小さなスポンジをもう一度みると、そこにはもう怒りなんてなく、表のまるで泡のように細かいグリーンのスポンジと裏の粗めのブルーのスポンジが、まるで綺麗な宝石のように輝いていた。

ああ、よかった。クリーニングできてよかった。こころからそう思った。何かとても大事なものを失うところだった。失いかけていたのはスポンジ、ただそれだけではない。それは、わたしの中にある、ウニヒピリの声であり、わたしがわたしである貴重な何か。それが具体的にどこでどう役に立ち、何に必要なのかはわからないけれど、わたしが生きていく中で、とても大切な、自分にとっての宝ものに近い、コンパスのようなそんなものな気がした。

心はもう落ち着いていて、今度は紙袋から、入っていたものを一つ一つ改めて出してみてみた。ミクロの力で洗剤なしで汚れを落とすクロス、洗剤が約半分でよくなる洗濯機用ボール、強風でも絶対に落ちない特殊な形をした洗濯バサミ、それぞれが今度はしっかりと凛々しい様子で目に入り、丁寧に、わたしはそれらの居場所を今度はわたしの家に見つけることに夢中になった。

母がそれらを買い込み、使い切れず、処分することになったことはもちろんよろしい話ではないし、美化するつもりもないけれど、わたしがそのものたちの存在をしっかりと認めることは、紛れもなく、わたしを取り戻すことに等しいパワフルなアクションだ。

そして、うまくはいかなかったけれど、母がそれをその時、とても大切に選んだこと、それらのものたちへの使い道を丁寧に考えたことを受け取れたことも、わたしを豊かなじぶんへと戻してくれた。

なんで、何かに対して、意地悪な気持ちがいやなんだろう、なんで何かに怒ると苦しいのか、それは、その対象とわたしに無限にあるはずの素敵な可能性とか、本来の目的を一瞬にして破壊して、踏みにじってしまうからなのかもしれない。それはきっとわたしそのもの、そのたましいの部分が大きく損なわれるようなことなんだと思う。

小さなことでも、それを捨てるにしても、とっておくにしても、わたしがその時、どんな気持ちで扱うか、それはきっちり刻まれてしまうのだなあ、なんだかそんな気がした。

赤ちゃんと一緒に暮らしていると、さらにそれらを強く感じる。台北で暮らしているアパートではその四方八方でビルの建設ラッシュで、よく言う騒音被害の真っ只中。生まれる前は、自然に囲まれた静かな環境で育てられない〜と嘆いていた。でも、赤ちゃんって音の大きさではなく、その音が持つバイブレーションでしか反応しないと思う。鉄筋コンクリートの重なる音よりも、わたしの苛立ってしめたドアに反応する。大きな音を立てず、できるだけ小さくしめても、イライラしていたら、それに反応する。風でバタンと大きくしまってしまったドアにはびっくりしつつもニコリとしているのに、わたしがイライラしている時に関わるあらゆるものとの接触から、何かを感じ取っているのが、一緒に暮らしているとよくわかる。そして、それは赤ちゃんじゃなくても、ほんとうは日々、私たちすべてが感知していることなんだ。それぞれの思いがモノに、道に、土地に残っている。

だから、わたしにはクリーニングがある。今日も出会う無数のものやひと、もう二度と出会わなくても、今日それを捨てるとしても、誰かに譲るとしても、記憶のアカコードをできるだけクリーニングすることが、今わたしを生きること、今出会い、別れ、それぞれが自分を生きることだ。

イライラが重なって、大きな問題が起きて、何から手をつけたらいいのかわからない、途方もない、気分が重い、そんな時こそ、今日一日、関わるもの、触れるもの、歩く道に残しているわたしの思いをできるだけクリーニングするようにしている。疲れ果てつつ改札にタッチするときのPASMO、やだな〜と思いながら食器を洗っているとき、前方で道を占領しながら歩く人たちにイライラしながら歩くその道、とつぜんフリーズしてしまったパソコンに焦るとき、エレベーターがなくて仕方なく階段を歩いているとき。そう思うことがダメなんじゃない。でも、それをそこでクリーニングしていく、そのモノ、場所、道に残しているわたしの想いや体験をクリーニングしているといつの間にか、なんだか少し清々しい、それこそが自分を取り戻す大きな旅の始まり。一日できるだけ、そのことに意識を置いて過ごしてみると、不思議と何かが収まり、流れが変わっていることに気づくはず。

スポンジ、ひとつとの関わりの中に、わたしを生きるための秘密が隠されている。

グリーンとブルーのスポンジが今、キッチンの流し台のところで、堂々と佇んでいる姿を見るたびに、自分の尊さを思い出している。

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写真は、台北花市で出逢ったハイビスカスです。台北は今の季節、植物大爆発です。

久しぶりにブログ書きました!たくさんのコメントありがとうございます。嬉しいです。

代官山での講演会、来てくださった方、ほんとうにありがとうございます。以前講座などに来てくださった方々の姿も見れて、幸せでした。

またブログ書きます!

読んでくれて、ありがとうございます。

 

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4/9(土)トークイベントのお知らせ 

 

4/9〜15の間に代官山で開催される『g:enarate』というイベントで、初日の対談トークイベントに参加させていただくことになりました。一時間半という短い対談講演ですが、ご興味がある方はぜひお越しください。以前開催したフリマイベントからさらに広がり、生まれた企画(?)だそうで、この流れに素直に、クリーニングしながら、参加させていただきます。台湾に戻る直前のイベントなのですが、お会いできることを楽しみにしています。

4/9 (土)17:30〜 お申し込み詳細はコチラから。

http://peatix.com/event/160207

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たまに、一日の間に「容赦ないな!」と思うくらい、心の負担になる出来事が度重なることがある。そんな時、心も体もへとへとで、視界がずずずっと、狭く、10トーンくらい色彩も落ちて、もちろん孤独な気持ちでじっとしているしかどうしようもない気持ちになる。

昔はどうしていただろう、とにかく一日を終えることだけを見つめていたのか、それとも、暗さを上書きできるようなアッパーな出来事を無理やり探してへとへとになっていたのか。

今はホ・オポノポノを知って、どんな状態でも、クリーニングは一応しておこう、というくらいにはなった。そんな自分がたくましい気もするし、進化していないようでも、ある。

つい先日、先に書いたような精神的にボディーブローをもろに受け続けるような日があって(誰も直接的には悪くないし、たまたま重なっちゃうような日こそ辛い)、今日はこんな感じか、昔からこんな日ってあったなあ、今も昔もあまり変わらないなあ。ととぼとぼ、心の中でウニヒピリに話かけつつ、クリーニングしつつ、娘を連れて会社から家に帰ろうとしていたそんなとき、ふと、あるビルの一階の窓に大きなポスターを見つけた。とても素敵な北海道のボタニカルアートの展覧会のポスターだった。真正面で見たこともない大きな花びらや茎が詳細に描かれていて、一瞬にして、閉じていた心がばっと開いたような気がした。呼吸が深くなり、視界も開き、足もしっかりして、今日しかない、私のコンディションをとても愛おしく感じた。娘といつかこのお花を北海道に観に行きたいな、と未来さえもキラッと光り、わたし達はしっかりと帰宅した。

そして気がついた。ホ・オポノポノをするようになって、いろんなことが起きたけれど、とてもありがたいのは、こんなふうに、時折、ぐっと記憶の景色に入り込んでしまったときも、ふと、ディヴィニティーの案配、あしあとを感じられるようになったことだ。あるときは、いつも目を合わして、会釈する不動産屋さんのおじいさんが、太いしっかりした声で「お元気ですか?」と声をかけてくれたことでまた自分に持ち上げてもらったこともあった。それは、他にも、たまたま開いた本のページの数行かもしれないし、駅で目に入った光景かもしれない。友達と話していてふと言われた一言かもしれないし、今日の空の雲の形かもしれない。たまたま立ち寄ったラーメンやさんのスープの温かさかもしれないし、カフェで耳に入ってきた音楽のリズムかもしれない。クリーニングすればするほど、たくさんのクリーニングできる記憶と同じくらい、ちゃんと自分でいられることを許されている、守られている、そのしるしのようなものに出会わされていることへの気づきも増えている。このことは、わたしにとって本当にありがたいこと、そしてそれを気づかせてくれるウニヒピリにこころから感謝できることが、とても大切なことだ。

まだ若い学生時代、吉本ばななさんの短編の作品で「ともちゃんの幸せ」というものに、当時とてもとても救われたのだけれど、それを今、ホ・オポノポノを通して、頭の世界ではなく、リアルな世界の中で体験できるようになったのが最大のご褒美だ。

私は、私たちは、どんなときだって、ゼロである大きな手のひらに包まれ、自由を与えられている。

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たまたま通りかかった乃木神社で見つけた桜。娘にとっては初桜。ゆっくり娘の目線で見てみたら、桜だから綺麗なんじゃなくて、ただ、白く光った美しい存在が風に揺られている、でした。そして、その周りも、私たちを包み込んでいる空気もとても綺麗で、幸せになりました。

Divinity is everywhere and nowhere.

ヒューレン博士がことあるごとにおっしゃっているフレーズです。

「ディヴィニティーはどこにでもいるし、どこにもいない」

クリーニングするか、しないか、インスピレーションを見るか、記憶を見るか。私はいつでも自由を与えられている。

いつも、記憶からの判断をクリーニングして、一瞬一瞬を見て、聞いて、食べて、生きていきたいです。

素晴らしい春のときを!

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アイリーン

 

 

加島祥造さん

加島祥造さんが去年の12月25日にお亡くなりになりました。

詩人、アメリカ文学研究科、タオイストと、加島先生が遺した素晴らしい作品たちから、いろいろな名前を付けられるけれど、わたしにとって、敬愛するアーティストです。

先生の訃報を受け取ったとき、わたしはまだ台湾にいて、今は日本ですが、長距離バスの移動がまだタイミングではないため、お亡くなりになってから伺うことはできていませんが、今はもう会えない寂しさよりも、ギフトのように巡ってきた先生の出会いの中で与えられた数々の美しい出来事がこころの中で豊かに育っていく気配を感じています。

先生が暮らしていた長野の伊那谷に初めて伺ったのは、イハレアカラ・ヒューレン博士と一緒でした。ある方のご紹介で、ヒューレン博士に加島先生を紹介したい!という目的でした。印象的だったのは、ヒューレン博士はあの通り、誰にあっても自然と対峙するような、何も変わらない感じでただ加島先生と数時間一緒に、その素晴らしいご自宅、質素なんだけれど、要所に加島さんのアーティストウェイが散らばり、お庭ではいのちが開きたいように開き、在りたいようにただ在る、という様子を楽しんでいたのだと思います。

途中、加島先生が、すでに読んでいた、ヒューレン博士の本を老子の発想に置き換えて、潜在意識はこうで、ああで、この隠と陽がああで、とまるで少年のように、流暢な英語で博士に話す時間があったのですが、そんなときもヒューレン博士はただニコニコとクリーニングをしながら、返事になっているのかなっていないのかわからないような返事をたまにしているのですが、そのお二人の様子がほんとうに無邪気であったことが今でもこころの中で鮮明に思い出されます。

加島先生は少年のように、ただそこにいる人を、ありのままに興味深くながめ、何かあれば、ストレートに質問をし、『求めない』を読んだ高校時代から先生のファンであったわたしはそのとき付き人風を装って一緒に伺ったのですが、そんなわたしもその時間場所に自然と含んでくださってとてもとても嬉しかったです。「またいつでも遊びにいらっしゃい」と言ってくださいました。

長距離バスで帰ったのですが、帰り際、憧れの加島先生と会えて嬉しい気持ちをクリーニングしていたわたしにヒューレン博士がこう言いました。

「クリーニングして、縁がまだあると思うなら、また訪ねたらいいんじゃないかな?あくまでも、クリーニングをしにいくんだよ」

そうして、わたしは年に数回、伊那谷に訪ねるようになりました。新宿から高速バスで約4時間ほどなのですが、時間を見つけては、日帰り、またはお手伝いさんをお手伝いするという名目で、その素敵な山小屋に他のゲストと一緒に何度か泊まらせてもいただきました。

先生がまだ立って歩かれていたときは、一緒に伊那谷をお散歩に出かけたり、栗を拾ったり、東京からのお土産をお茶と一緒に美味しく食べたり、小山を超えておそばを食べに行ったり、わたしの何かを埋めてくれるような、ほんとうにきれいな時間をたくさん与えてもらいました。

あるとき、ご自宅の整理をお手伝いしていたとき、引き戸の中に先生が作った花瓶が見つかりました。埃をかぶっていたのですが、洗って茶の間に置いてみたら、

「これに生ける花を外から見つけておいで」とおっしゃいました。

生花なんて習ったことないし、いつも先生のご自宅には芸術家や作家さん、いろんなプロの方が出入りしていて、ちょうどその日も何かと来客が多い日で、いつの間にか少し萎縮していたわたしは、ええ〜、そんな大役、無理無理!と内心思って躊躇していると、そんなわたしに気づいたのか、先生に花切りバサミを手渡され、

「あなたが見つけてくれた花瓶に挿したい花を探してくれれば、それでいいんだよ」

と言い、わたしはお庭に出て行きました。先にも書いたように、整えられたガーデンではないのだけれど、加島先生のお庭は外の山と一体になるようで、でも、加島先生の暮らしを少し守りながら華やかさを与えるようにまるで、自然が意思を持って動いている、そんな不思議で絶妙なバランスで空間が成り立っているのです。

わたしは早速クリーニングしながら、先生のお家に入りたいですか?ハサミで切ってもいいですか?と話し掛けつつ、お花をいくつか選んで、「アイスブルー」と言って切っていきました。そのとき、とても頭はクリアな状態で、手がさらさらと動いていました。このくらいでいいかな?とやめようと思ったとき、ふと頭に「いやもっと華やかにしたほうがいい」と考えがよぎり、もう一本切ることにしました。

そこで、終わりにして、家に戻ろうと、振り返ると、縁側に先生が足をぶらぶらさせながら、こちらを見ていたのに気がつきました。

「その最後の一本はどうして採ったの?」

いつから見ていたのか、先生はそんなことを言いました。答えに困っていたわたしに先生は続けてこう言いました。

「人はすぐに意識に溺れちゃうんだね。あなたが生き生きと自然と関わるその流れを皆見ていたのに、意識がそれを壊しちゃうこともあるんだね」

お家に戻って、花瓶に採ったお花を生けてみると、やはり最後の一本が余る、というか、バランスではなかったのだと気付きました。わたしが最後に見えたエゴ、意識、つまり記憶をそこでただクリーニングするか、ただそこに溺れてしまうかでこんなに現実が変わるんだ、と些細なことではあるけれど、すごく実感する体験でした。

結局、最後の一本は花瓶には活けず、東京に持ち帰り、家の一輪挿しに入れて、当分の間、水切りをしながら、その体験をクリーニングしました。

交流が続く中、わたしにもいろいろな人生の転機が訪れ、台湾に行くことになったとき、そのご報告をしに行ったときのこと、先生のご自宅には手作りの茶室があり、その中で絵をお描きになったりもするのですが、その日は突然先生が思いつきで、お茶をしましょう!と茶室に案内してくれました。

「僕は流派が苦手なの。だから、全部自前だよ、バカにしちゃあいけないよ」と言いながら、手早くお茶をたて始めてくれました。わたしは正座しながら、先生がたててくれた抹茶を飲みながら、すごく心が落ち着いて、ああ、日本って最高〜、と満足していると先生がまたボソボソっとわたしに話しかけました。

「どこに行っても、新しい場所でも、お茶をたてればいいんだよ、ただお茶をたてつづけていればいいの。まずは一人でね。それでね、お茶をたてていたら、いつかちゃんと友達ができるんだよ。真の友達ができるんだよ。でも、まずはあなたが一人でお茶をたてなくちゃいけないの」

茶器もないし、無精なわたしが台湾でお茶なんて、と思いましたが、ふと、ああ、これは茶道のことをただ言っているのではないのだなとお茶をたてている先生の背中を見ながらこころにメッセージが落ちてきました。

ほんとうに一人になったとき、そこに愛を取り戻したとき、つまり内なる家族が一つになったとき、外側でほんとうの友人、家族と出会うことができる、わたしがホ・オポノポノで出会った真理を先生は生き、それを伝えようとしてくれているのだ、と気付きました。

台湾に行って、すさまじい勢いで慣れない生活を落ち着かせ、友達にも恵まれ、夫にも出会い、家族も作ったつもりになっていたけれど、どこかでいつも寂しくて、その寂しさを隠す度に、いつのまにかひねくれていた今のわたしが思い出すべきことは先生のたててくれたお茶です。東京にいようと、台湾にいようと、夢の旅先にいようと、お茶を一人でたてることをこれからはやっていきたいな。

最後に先生とお会いしたのは、ご自宅で倒れられたと聞いて、バスに飛び乗って向かった伊那谷の病院でした。先生が生涯愛したバリに、その頃わたしは生まれて初めて行って、とても綺麗な配色のバリの生地を先生にと買っていたので、それを持って行きました。先生は麻痺を起こしていて、お話することができませんでしたが、生地を見せると喜ばれて、病室のの掛け布団の上にかけてみました。そのときも、わたしのかけた位置が少し違っていたらしく、微妙に右にずらせと指示をうけ、右にずらすととても満足されたお顔を見せてくれました。美しいことを真に愛する人は、物や時間、場所のアイデンティティーの声を聞ける人なのだと思います。先生はまさしくそんな方でした。

先生から教わったこと、いただいた素晴らしい叡智がほんとうに無限にあります。わたしは、それを大事に自分の中で育てて、先生への想いをクリーニングし、感謝し、わたしを生きていきたいです。

数年前ですが、先生の未発表なまま、お家に散らばっていた絵を整理していて、これはホ・オポノポノのオフィスに来ていただいた方々も喜ぶのではないかというものをいくつか集めて、東京に持ち帰らせてもらい、展示していたことがあります。写真ですが、このブログを訪れていただいた方にも見てもらいたいので、添付します。(許可をいただいています)

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最後まで読んでいただきありがとうございます。

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アイリーン

 

大阪ベーシック1クラスへ

先週末開催された大阪ベーシック1クラスに娘と一緒に参加しました。受講生としては、日本で初めて開催されたクラス以来の約9年ぶりの参加でした。

それはそれは貴重な体験となりました。同じマニュアルを使っているのに、なぜこんなに毎回新しい体験なんだろう。娘がいたから、いえ、それだけではありません。それだけ、わたしが記憶を持っているからなんだと思う。クラスに参加する度に消去され、またその奥にあった記憶が顔を出し、その記憶を消去しているそのプロセスは一見途方もなく見えるけれど、それだけ私たちがどんなときもクリーニングによってリフレッシュできるということなんだと実感しました。

クラスはいつでも内なる家族と深くつながることのできる、HOME COMING HOME. わたしにとって神聖な場所です。去年までは知らなかった娘と一緒に参加して、とても不思議な気がしたけれど、講師やスタッフ、そして何よりも参加されている方のクリーニングのおかげで、とても穏やかな娘でした。

何人もの方に優しく声をかけていただき、クラス途中、何度か声を出している娘とわたしの珍道中をただクリーニングして見守ってくださった皆様のやさしさ、あたたかさ、光のようなものがまだ、わたしの内側に残っていて、このvibrationを子育ての中でいつまでも響かせていけたらな、と思っています。

ブログのコメントにも、ほんとうにほんとうに励まされています。ひとに優しい言葉をかけるというのは、実はものすごく厳しい作業というか、自分の何かを分け与えているわけなのだな、とデジタルなコミュニケーションなのに、ものすごく、生のあたたかさを感じています。ほんとうにクリーニングを真剣に実践されている方は、すごい。言葉にはまだまとまりませんが、とてもとても感謝しています。

質問に直接答えていないものもいくつかありますが、クリーニングしながら、今のわたしのベストでシェアしていきたいと思っています。すばらしいチャンスをありがとうございます。

大阪、ごはんもおいしくて、なんだか活気付いていて、すごくよかったです。大好物のたこ焼き、今回は一回しか食べられなかったけれど、串とかにもチャレンジできて、エネルギーチャージできました!

 

実は縁があって、フリーマーケットに参加させてもらうことになりました。このお話はおいおい書きたいのですが、わたしの中で変化があるとき、それは外でも起きることってよくありませんか?今回はまさしく弟や母、伯母にまで起きていて、母は母で大整理(こころだけじゃなくて、ほんとうの、家とか部屋!)中です。もう、尋常じゃないほどのクリーニングをしていたのですが、実際に手放したり整理している間に、そのものがまだその役目を活かせる機会がないかな?と思っていた矢先、素敵な方々とひょんひょんとすごいスピードで一緒にフリーマーケットをすることになったのです。

それが今週の土曜、つまり、明日あります。

わたしは弟と出店しますが、私たちの出品はともかく、美容、ファッション、カルチャーでご活躍中の方々の出品がきっとすごいと思います。ご興味のある方はぜひ明日、お立ち寄りください。

In Bloom Bazaar

日時:2016/3/12 土曜 11:00~16:00
場所:http://whateverworks.studio/
出品者:Kazuko Hayasaka,Aki Shimomura,Irene Taira,Hiromi Kani(skinware),Raw waR(Mie Takahashi),H&N Wine Japan(Mariko Honma),Girlin'(Sayaka Umezawa,Sumie Mishima,Sonoko Iwamoto & Kim Hayeon),Aya Watada and more

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それは、ただ外側の喜びを満たすためだけの買い物じゃない。ファッション、ビューティー、アート、マインドフルネスを通して自分を表現し続けている女性たちが、ひとつひとつ国内外から集めた、より人生を花のように咲かせるためのアイテムたちに出会える、一日限りの特別なフリーマーケット。
あなたを今、開かせるのは、一枚のシャツかもしれないし、今まで着たことのなかった色のセーターかもしれない。初めて見る形のマグカップかもしれないし、夢のような香りのキャンドルかもしれない。
希少なグルジアのナチュラルワインをグラスでご提供、おつまみには巧みなシーズニングで深い味わいのローフードスナックも。お気軽に遊びに来てください。お待ちしています!

 

今この瞬間、耳にする音、目にする景色、痛む心、舞い上がる気持ち、一つ一つをクリーニングして、本当の自分をコツコツ生きる、そこにつながることを選択する、地味な作業だけれど、『平和はわたしからはじまる』をしっかり生きていきたいです。大きな出来事があるときこそ、自分に戻る。

ありがとうございます。

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アイリーン