月別アーカイブ: 2014年9月

☆ お返事

率直でまるで今のわたしの口から飛び出したのでは?と思うようなコメントをいただいたので、自問自答します。

(コメントから抜粋)

前回の結婚についてのクリーニング、共感する部分が沢山ありました。私も今まさに、その問題にぶつかっています。そこで、質問なんですが、クリーニングし てもしても(ウニヒピリノケアも含めて)問題がなかなか解決しないとき、ありませんか?そのような場合、アイリーンさんだったらどのように対処しますか? お忙しいところすみませんが、よろしくですお願いします。

 

( お返事 ↓ )

クリーニングをすると、そこでは確実に記憶は消去されているそうです。
でも記憶自体は無数にあるわけですから、次から次に再生されて、
同じ問題が続いているように体験させられているそうです。でもああまたこれだ、と思う度にクリーニングすれば、水面下では記憶はじゃんじゃん消去されているのです。
というヒューレン博士の言葉を思い出しました。
でも、わたしは水面下で何が起きているかというよりも、
ただクリーニングを続けていくことの恵みとか自由さにさっぱりとしたことに魅力を感じるので、
ただ続けたいと思っています。

そして、表面上では変わらない問題があるわけですから、クリーニングをしながらも、
現実的に起こすことやすべきことはしていきます。
例えば、クリーニングして、相手にきちんとはなすとか。
今の勤め先についてクリーニングして見直してみるとか。お金とか。
そういうことはします。
でもって、わたしにとっての一番のコツは、
問題だなと思っていることだけではなく、日常のちょっとしたこと、
「雨が降っていてめんどうだ」とか。「家具の位置が気になるとか」、「目の前のおじいちゃんを見ていると切ない」とか、そういうことにこそクリーニングしたり、自分を生かしていくことを大切にしていると、気づくと一番問題だと思っていたことが大きく変化していたりしますよね!
でも、ほんとうに自分の中にあるからこそ、ここで起きているんだなと最近ますます頭ではなく
五感できっちり気づかされるここ数日です。

重たい現実が動いてくれないときって、本当に辛いし、こっちも重くてなかなか動けないけれど、
だからこそ、目の前に、というか今この瞬間起きていることを細かく、クリーニングしたり、
たいしたことのない場面でこそ、ほんとうの自分を生きてみること。
例えば、まるっきり人生の本番じゃなさそうな場面(一人で空いた時間にランチを食べるときとか、本屋で本を選ぶときとか旅行について思いを巡らすときとか、電車に乗って知らない人たちと短時間でも同じ空間にいるときとか、家でパソコン開くときとか)
の中でこそ記憶からではなく、クリーニングして、そのときの新しいようなゼロのような、過去のしがらみがないまっさらでみずみずしい自分から何かを選択したり、
小さくても行動を変えてみたりすることこそ、重たい岩を動かすような力に繋がっている気がしてなりません。

変な話かもしれませんが、具体的に言うと、いつもなら地下鉄で時間短縮のため出口に近い車両に混んでいても乗るところを、クリーニングしたら、一番はじっこのすいている車両の乗ったら、ここのところのもやもやがなぜかはれた!とか。
または、人に席を譲るときに感じた『疲れているわたし』をクリーニングしたら、ものすごく豊かな気持ちになったとか。DVD レンタルするときに、ほんとうは何を観たいのかクリーニングして自由に選んでみたら、仰天!でも、見終わったらとてもすっきりして心が開いた!とか。心が オープンであるってとても大事です、起きていることをきちんと見れるし、繋がっていることに対して誠実に敏感でいられます。
理屈じゃわからないけれど、そういう魔法って実はいつでも自分の内側を整えていけばいくほど起きています。で、こういうことがわたしにとっては、その後の人間関係とか今の生活に大きく影響しているんだと、あとあと気づいたりします。

クリーニングで自分の中のエネルギーを感じられるようにもとに戻しているんです。だから、まずは最近見えなくなってる「ほんとうの自分」の核をまるで整体にこまめに通うように、クリーニングで元に戻していくことがわたしには必要なこと。あとは、その存在を感じようと感じまいと、ウニヒピリに話しかけます。感じることを素直に「見せてくれてありがとう」とか。
わたしがわたしを知らなければ、ほんとうに誰もわたしを見てはくれない。
今まで先延ばしにしてきた自分を生きることに対する辛さを今体験している問題を通して改めてきづかされているのだから、
もう問題を選り好みせずさくさくクリーニングしたいです。

あくまでも、わたしの最近のクリーニング例です。今回もネロさんのクラスで学んだことが今のわたしに一番生きる学びとなっています。みなさんお一人お一人とディヴィニティーのつながりを取り戻すためのクラスはやはりほんとうに特別なものだと思います。みなさまのタイミングやホ・オポノポノライフの流れの中でクラスで学ぶときが現れることを願っています。

もっと割り切れないことってあるでしょ!と言いたいところですが、ホ・オポノポノでは「愛か恐怖かそのどちらかしかない」と繰り返し教えてくれます。わたしのオリジナルスイッチをぜひご覧ください!パチッ!

IMG_6854ありがとうございます。
POI
アイリーン

ありがとうございます

今から台湾へ戻るため空港にいます。
短い滞在でしたが、いまわたしがみるべきもの、与えられていることを気づくすばらしい時間になりました。

昨日は用事があって逗子の森戸海岸へ行きました。昔住んでいたところなので、嬉しく、海のいろとか小山の上から見渡す海岸の独特な形とか海を挟んで見えてくる山々の柔らかいフォルムとか胸がいっぱいになりました。

帰りの逗子行きのバスに乗った時、後ろの席にそれは可愛らしいコロッとしたおかっぱ頭のまだ小さな女の子が一人で座っていました。バスが走る間、彼女の独り言の端々から伝わるルンルンとした明るい雰囲気がバス中を満たしていました。
前のわたしの席を覗き込むようにしていたので、わたしが食べていたメントスを食べたいのかなと思い、
「食べる?」
ときいてみたら、
「ううん、窓の外を見てたの。お外の道の石がどうやって運ばれて、なんでこんな風に置かれているのか考えていたの」
と教えてくれました。
それからわたしもまるでその女の子目を通して、通り過ぎる道を眺めていました。

バス停でこれから習い事に向かうという女の子を見送りました。

あんな風に世界をまた眺めて行きたいです。ただあるものをああ、こういう形なんだ、こうなんだともともとわたしが感じているはずの神秘を見て行きたいです。
判断がでてきたらクリーニングして、台湾も日本も世界中をまるごと生きて行きたいなと思いました。

日本で今回で会えたみなさま、ほんとうにありがとうございます。

POI
アイリーン

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Super moon

昨夜日本につきました。

台湾からの渡航中、雲の上から見えた景色。
わたしはいつも、気づかなくとも、とっても不思議で美しく完全な存在のもとに生かされているんだとうっとりとした素敵な体験をさせてもらいました。

今晩からマーマースクールの講座です。よろしくお願いします!

Peace begins with me.
Irene

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