月別アーカイブ: 2017年2月

ホームスイートホーム

子供を連れて旅をしていると、今までになかった出会いに恵まれるようになる。

今回のバリの旅でも、何組もの家族旅行者や一人旅をする若い女性たちが、きっと赤ちゃんがいるというなんとなく安心な気配によって、心がオープンになって、今までわたしが一人で旅していたときにはなかったような速さで打ち解けあうことができた。

オレゴンから来ていた4人家族は中学生の娘さんと小学生の息子さんに半年間学校を休ませて、ホームスクーリングをしながら世界中を旅している最中だった。ご夫婦は二人とも外科医で、昔から家族で世界旅行をするのが夢だったそう。そして、去年いまだ!と思い立ち、バリで2カ国目の旅の途中だった。育ててきたものが今大きくはじけている最中というエネルギーが彼らの周りを燦々とと輝いかせていた。きっと日々ものすごいストレスフルな職業なのであろうそのご夫妻が、こころからこの旅を楽しみ、子供たちと一緒にいようとしている姿にたくさんのアイディアをもらった。

オーストラリアから来ていた大人4人、プラス5ヶ月の赤ちゃん連れグループは、中学生からの友人カップルで赤ちゃん初の海外旅行にみんなで協力してやってきたのだそうだ。ある大雨の日、彼らがステイするヴィラについているプールサイドでお茶でもしようと誘ってくれた。せっかくだから、と赤ちゃん二人を泳がせ始めると、ぴたっと雨がやんだ。子連れカップルとそうでないカップルが、たまにちょっとギクシャクしながらも、旅を良いものにしよう!今までもずっと色んなことを4人で一緒に乗り越えてきたんだ、という気持ちがウブドのドロンと優しい雨上がりの気候に乗せられわたしにまで届いたようで、なんだかぐっときてしまった。そのときも十分ステキな見た目だったけれど、きっと彼らの日常生活ではもっともっと洗練されたステキな若いカップルなのであろう4人に赤ちゃんが加わり、ウブドというちょっと自然の力のほうが強い場所がそんな四人を裸んぼに近い形にしていて、環境に適応しようとする素直な姿勢がそれはそれはステキだった。そしてその良い意味でちょっと鈍臭いようなかんじは私たち夫婦も同じ(私たちは日々そんなかんじですが)で、それがみんなをストレスなくつなげてくれたのだと思う。その夜わたしは、今までの友人たちとのテンポやノリに娘が生まれてから自然と出てきた変化に少しだけ勝手に傷ついたり、とまどっていた自分が不思議と癒されているのを感じた。ただただ、子供が生まれたことを彼らがどんな状況であったとしても祝福してくれていることに感謝がわいた。

短い旅の中でいろいろな人たちと出会ったが、その中でも特に印象に残っている家族がいる。フランス人とロシア人の夫妻で、彼らの2歳の娘さんとわたしの娘が同じ名前だったことから 打ち解けて、子供たちもきゃっきゃと楽しく遊び、毎朝楽しい時間を過ごした。奥さんにはヨガを教えてもらったりした。それはそれは美しいご夫婦で、カメラマンだった彼がモデルだった彼女と恋に落ちて、子供を授かり、バリで出産し、世界中を旅していたんだ、という想像するだけでこころがときめくようなステキな家族だ。娘が2歳になったので、出産したバリに戻ってきたという彼らに、次の目的地はどこなの?と聞くと、ふたりとも一瞬だけしゅんとなったことに気がついた。その一瞬だけれど、何かこころがきゅっと締め付けられるような、悲しくなる何かがわたしの中でも大きく動いた。気を取り直して旦那さんが言った。

「ひとまずフランスに戻って、何か売ったりしようと思ってるんだ」

すかさず奥さんが口を挟む。

「でももしかしたらロシアで料理屋をするかもしれないじゃない」

そこで二人がほんの少しだけきつくなりあって、でも、あ、ここはバリだよね。私たちまだ旅の途中だよねと気づき合ったように、二人して、

「実のところどうしようかまだ決まってないんだ」とちょっと困ったような顔をして言った。
彼らはとてもピュアだった。

夢をコンパスにして旅を続けてきたけれど、どうしても色んな現実が出てきて、今まで通りの旅は続けられなくなった。だって子供はどんどん大きくなるし、それは素晴らしいことだし、育てていくために必要なことを見つけなくちゃいけない、大人になるってそういうこと?それでも、私たちの中にはまだまだ冒険心があるよ、でも、今、思いと現実は少しギャップがでてきたから、いったん旅は休んで、まずはどうにかしないとね。

言葉にしてしまえば、ただそれだけになってしまうけれど、それは、すべて私の中にある夢や痛み、すべてだったのだ。彼らのように旅をしながら生活したい、という意味ではない、何かたくさんの積み重なったものが自分の内側にまだざわざわしていることに気づかされた。

こんなに輝いている彼ら、この世界を本当にこんなに自由にそして健康的に生きている彼らに旅を続けてほしいとあんなにも痛いくらいに 切に願った私の中にこそ、その記憶があったのだ。
そう、彼らは完璧なんだ。何も失っていないし、足りてなくない。彼らがどんなに寂しそうにしたって、声に悲しみが乗っていたって、彼らはパーフェクト。

彼らのピュアさに私自身が内側に今まで抱えていた痛みや願いを、今体験したのだった。

ただ単純に子供がいたってノマドな生活で世界を旅したいという願いではなく、何かきっとずっとずっと大きないのちが動いてから、何度も何度も繰り返してきた、夢破れてきた記憶、変化に追いつかない記憶、大きな社会に小さくなってしまう記憶、一体何なのかはわからない。ただ、憧れや夢が記憶になって自分の体以外のあらゆるところにもぷかぷかとそこらじゅうにあるんだということに気づいた瞬間だった。
あのときの誰かそしていつか大昔の私の夢、叶わなかった夢、憧れ、願望が世界中にあふれている。そして、それは全部自分の内側にもともとあったのだ。日常の中で、会社で、デートで、旅先で私たちはそれを拾ってはクリーニングし、拾っては動かされ、またクリーニングして、自分に還るためだけに旅を続けている。
自分が思っている自分像、自分はこうあるべき、こんな生活をすべき、こんな子育てをすべき、これはすべて記憶だよ、本当の自分はゼロだよ、とホ・オポノポノで学んできたけれど、そのときわたしは深くそれを飲み込むことができた。

 

だってわたしが痛みや不快さをクリーニングしたら、やはりその家族はもうキラキラと完璧でかわいくて美しくて祝福せずにはいられない、そんな存在だったのだから。そして、それはその瞬間わたしが今築いているわたし自身の家族に対して感じることだった。
記憶をクリーニングして夢から醒めるってものすごく素敵なことなのかもしれない。憧れとか夢をクリーニングすると、それがなくなるわけじゃない。どこかで生まれたその夢たちをクリーニングしてゼロの今に戻ったとき、わたしの中にはこれまで以上に冒険心やクリエイティヴィティーがわいているのに気づく。でもそれはもはやしがみつくものではなく、今を生きるために必要なすごく使い勝手の良いツールのような存在だ。

 
「 みんな本当のお家に帰りたいだけなんだよ。

クリーニングしてお家に戻ろう。

Home sweet home .」
あるとき、ヒューレン博士が言っていた。

 

どんなに冒険に満ちた旅をしていたとしても、全然希望していなかった会社で毎日働いていても、結婚してなかなか新しい家族と馴染めなくても、買い物中でも、お茶していても、みんなお家に戻る旅を続けている者同士。

 

わたしはわたしの帰路をクリーニングを通して進んでいこう。
お家の帰り道に出会う人、もの、出来事との素晴らしい時間を大切にしよう。
そして、またどこかで会えたら嬉しいな。彼らの旅路が善きもので守られていますよう。

 
わたしもそしてこのブログを読んでくださるあなたも、それぞれのお家への道がどんなものであったとしても、いつももともとの自分そのものである平和と自由を思い出し進んでいけますように。


追伸:

とても久しぶりの投稿だったにもかかわらず、あたたかく、そして気持ちのよいコメントをいただきありがとうございます!とても嬉しいです。母に伝えたら「こんなに書いてないのに、読んでくださる方がいるだなんて、もっと書こう!と思わないの??!!」とすごい剣幕でまくしたてられましたが、それはそれでクリーニングしつつ、読んでくださるみなさまのコメントややさしい気持ちからたっぷりエナジーチャージして、これからもマイペースにそしてこつこつ書いていきたいです。本当にありがとうございます。

POI
アイリーン

ウブドの朝

夜中に雨の音で突然目が覚めて、アレコレと考え始める。
ああ、せっかく赤ちゃんに起こされず寝れていたのに、もったいないことしたな。

わたしよりも先に母や父、長生きしてくれているおばあちゃんが死んでしまう確率は高い、それは本当に悲しいし、想像しただけで心が苦しくなってしまう。

ここはバリのウブド、なんとか乗り越えた大家族で過ごす台湾の旧正月からせっかくここまできたんだから、こんなこと考えていないで、さっさと起きて瞑想でもしようか。
ああ、昨日街に出た時に見つけた籠バッグやっぱり買っておけば良かったなあ。

来週からまた現実の生活だ、仕事のこと、移動のこと、色々と心配だ。

いやいや、先のことばかり考えないで今を楽しもう!今ここはウブド!

娘はとても楽しそうだけど、無理をさせていないかな。あれこれとわたしの好きな場所に連れ回したけれど、夫は本当のところ好きなのかなあ?

また色々考えちゃった、これだからなかなか今に満足できないんだよな、ポジティブなことでも考えよう…
と、ここまできて、ふと体の奥の方から、ごちゃごちゃとして真っ暗にしか見えないような部分から、わたし、ではない色々なことを形態を変えて手放したいと、教えてくれる何かに気づく。
これがきっと私のウニヒピリ、その存在を知ってからもうすぐ10年がたち、誰よりもわたしなのに、わたしがもっとも忘れやすい存在だ。
バリに来る飛行機の中で、いっしょに楽しもうね、たくさんクリーニングしようね、と陽気に話しかけていたはずなのに、今の今までまた忘れていた。
でも、また教えてくれた。

考えないようにしたって、心臓の部分がバクバクしてしまうくらい、キュッと息が止まってしまいそうになるくらい体の感覚まで使って、わたしの中にもともとある、不安、恐れ、焦り、悲しみを、今このタイミングで見せてくれた。
そこから、静かに息をして、ホ・オポノポノの呼吸法をして、自然とベッドから起き上がると、隣には娘、そのまた隣に夫が静かに寝息を立てている。
大丈夫、

今私たちは守られているし、わたしは一人の大切な存在として今自由に動いてもいい。
出て来る思いの度にクリーニングしていく。愛しています、ありがとう、

怖いよ。ごめんなさい、許してください。ドキドキするよ。ありがとう。愛しています。
思い立って、お湯を沸かして、そのままカップに入れて、外に裸足のまま出てみる。夜中の大雨で道のタイルがピッカピカに磨かれている。

すべての緑たちが朝を迎えるために一斉に湧き立っている。そのエネルギーに押されるようにして、もう少しまっすぐ川の方まで向かってみよう。

クリーニングを続ける。想いが静かになっていく。

ウニヒピリに話しかける。

いつも忘れちゃってごめんね。すごく傲慢にコントロールしていたね。

あんなに素敵な景色をたくさん見せてくれたのに、お礼がまだだったね。
そうしてベンチを見つけ、世界が自分の内側に戻って来るまでウニヒピリに話しかけ、想いが出たらクリーニングしていた。
鳥たちの朝を告げる鳴き声がわたしに新しい1日を知らせ、濡れた足の裏が生暖かい風で自然と乾いていくのに全身がリラックスし、でも目は言葉にならないたくさんの緑色をしっかりと捉え、見たこともないような鳥色形に驚き、頭は冴え、わたしはわたしに戻っていく。
そうするうちに、自然とまたブログに戻って来ることができました。


とてもとても長いこと、まさに放置していたこのブログ、もしかしたら何度か見にきてくださった方もいらっしゃったかもしれません。

いつも、書こう書こう、書かなきゃ、と思いながら、新しい家族と毎日を過ごすのに体も頭もいつも精一杯で、ブログ、ブロ、ブ…と、たどり着くことができませんでした。
思い出しては重い気持ちになり、だんだん怖くなったりもして、でもその都度クリーニングして、今わたしにとってようやく気持ちよくまたページを開くことができました。

まさにマイペースですが、また色々と書いたり、見たことを自由にシェアしていきたいです。
わたしは相変わらずすったもんだしつつも元気です。大好きな娘と夫とウブドにきて、すばらしい体験をしています。

それでもこうやって記憶はいつでも、その素晴らしさとは別のところにすっとわたしを連れていき、でも戻る方法も知っていて、その間をまだまだ冒険中のわたしです。


写真はたった今の今朝の写真と昨日の夕方です。

バリ、ウブド

POI

アイリーン