月別アーカイブ: 2015年7月

祖母の話

 以前、父方の祖母の家を訪ねた時、何がきっかけか忘れてしまったけれど、ああ、そうだ、愛犬さんびといっしょに遊びに行ったのでした。

そこで、まだ祖母が幼かった頃の話をしてくれました。
いまから80年ほど前、祖母が近所の友達と家の近くで遊んでいた時のこと。当時の東京は保健所のおじさんが野良犬を町から排除するために定期的に町を歩いていたそうです。
いつものように、保健所のおじさんが綱のようなもので野良犬たちをひきづる様子を近所の皆で眺めていると、その中に一匹祖母の家で飼われていた犬が紛れ込んでいたのだそうです。
庭で放し飼いにされていたその飼い犬は何かの拍子で庭をでてしまったのでしょう。野良犬と間違われ、保健所のおじさんに捕獲されてしまったのです。
その犬は祖母を見物客の中に見つけ、鳴いたそうです。
それでも祖母は何もできなかった、怖くて、恥ずかしさもあって、恐怖で何もできなかった。
そう言って、泣き出してしまいました。
本当にかわいそうなことをした、誰にも言えなかった、あの犬の目を忘れられない、と言いながらしくしく泣いていました。
わたしは、動物好きの祖母が泣いているのがいたたまれなくて、その場で何かを言って、励ましました。
でも、あれから私はずっと心に何かが引っかかっていて、それがなんなのか、わからないまま放っていて、いつの間にか忘れていました。
そして、先日のサイン会当日の朝、激しく緊張していたので、近所のスタバでクリーニングをしていると、ああ、今日は祖母も来てくれるんだったなぁと思い出しました。
そこで突然、祖母が涙ながらに話してくれた保健所に連れて行かれた犬の話を思い出したのです。
こころにひっかかっていたそれが怒りのようなものに変わっていくのに気づきました。

いくら幼くても、自分の恐れや恥のせいで、犬を見殺しにした祖母への怒りなのか、なんなのかはっきりしないけれど、次から次と溢れてくるやりきれない思いをクリーニング。
いままで誰にも言えなかったことを私を信頼して話してくれたのに、怒る私はひどい、という思いをクリーニング。
次第に出てくる、わたしの中にある動物への思い、形や言葉にならないイメージのようなもの、犬と自分がこうあるべきと思っている形、世界中で起きている動物虐待のワンシーン、いままで近くに接してきた犬たちがふわふわで柔らかくて、犬臭くて、歳をとると固くなってきたり、カサついたりする感覚、病気になって、命がおわっていくことにわたしの意思や思いがもう追いつかなくなっていく切ない思い出、小さな頃お祭で出会ったミドリガメをわたしの不注意で死なせてしまったこととか、次から次にクリーニング。
わたしがいままで、恐れや羞恥心のせいでそのときすべきことを成し遂げられなかった不完了の体験、後悔、今もまだ自分の一部がそこにとどまって、道を見失っている乾いた寂しさのようなものが、心臓を手で掴めるのではないかと思うほどハッキリと感じている。
感情が渦になっているところに向けてクリーニングし続けていくうちに、祖母を通して見せてくれた、実際はわたしの中にあった記憶の渦があるべき場所に戻っていく、その正しさのようなものに、わたし自身がようやく安心して、自分に戻っていくのを感じることができました。
サイン会で、祖母は中央の席に父と一緒に座っていました。舞台から祖母の姿を確認したとき、わたしの判断から解放された祖母は、うまれたときから、愛の中でいのちを与えられた純粋な存在という象徴そのものでした。
それは同時に、わたしが判断や長い歴史の中で積み重ねてきた重たい不完了の記憶からの解放でもありました。
祖母を通して、わたしが自分に戻っていく、その自由さ明るさに、内側の何かが喜びを受け取っていることを、会場にいらしてくださっているみなさんが生み出したオープンな空気の中でハッキリと感じたのです。
長くなってしまいましたが、読んでくださった方、ありがとうございます。
ここて、でみなさんに素敵な情報をシェアさせてください。
『ホ・オポノポノジャーニー』や『アロハ』のカバーで美しい写真を提供してくださっている、オアフ在住アーティストの潮千穂さんの個展” Mauli Ola”が8月から自由が丘で開催されます。
千穂さんは、写真だけではなく、現在版画でも活躍されています。とにかく透明で美しいんです!
http://www.diginner.com/2015/07/chiho-ushio-%E5%80%8B%E5%B1%95%E3%80%90mauli-ola%E3%80%91/
リンクの中から読んでいただける、ステートメント、ほんとうに素晴らしくて、最近何度も読んでいます。
ぜひみなさん、そのみずみずしさを体験しに行ってみてくださいね!
コメントもゆっくりお返ししていきます。

そして、わたしは今、叔父を訪ねて久々のシアトルに来ています。
光で自分が溶けていきそう!

mt. rainier にて  
ありがとうございます。
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アイリーン 

サイン会、ありがとうございました!

先週の月曜日に開催された青山ブックセンターのサイン会イベントに来てくださったみなさま、ほんとうにほんとうに心からありがとうございました。

わたしがみなさまをお呼びした(?)のですが、あの時間のすべてが私にとってのギフトでした。トークははっきり言って、だめだめでした。でも、あのまま泳ぎ切ったのは、きてくださったみなさんの心がとんでもなくオープンだったから。この世界にきっともっとあるはずの平和で許された世界の瞬間を垣間見せてもらったような夢のような時間をほんとうにありがとうございました。

サイン会では、並んでくださったお一人お一人とお話ができて、顔が目にやきついて、みなさんの手がなんともつるりとひやっとしていてとても気持ちがよかったこと、今も全部お守りのようにして、わたしと一緒にあります。

暑い中、大切な時間を使ってきてくださったこと、本を愛してくださっていること、伝えにきてくださって、ほんとうにありがとう、と言っても言い足りないです。あの日の空は青かった!!!

都会のオアシス、青山ブックセンターで、サイン会を開かせてもらったこと、佐々木さんをはじめ、スタッフのみなさまが『ホ・オポノポノジャーニー』を囲んで真摯な姿でいらっしゃったこと、講談社のみなさんと舞台裏で食べた緊張ほぐしのココナッツチョコレートの味、トークがダメダメだったにもかかわらず、終わってから快く解散できたこと、最高の夏の思い出です。いいことってあるなあ。

さすがに終わったあとはいろいろと高揚しすぎてしまって、自分とウニヒピリでちゃんと完了しようと、懐かしい表参道のおそばやさんに入っておそばを食べました。懐かしさや今は今で進んでいること、その日に起きた出来事も、すでに進んでいること、想いはクリーニングして扱えること、その自由さやかけがえのなさ、奇跡的であること、あまりに広くて、でも、全部が自分の中にあること、その感覚をウニヒピリと大切に大切にクリーニングする時間がとれたことで、今は今で進んでいます。センチメンタルをクリーニングすると思い出はほんとうに自分を今に生かす最高のエネルギー源になるんだ!

そして、先日台湾に戻ってきました。写真は飛行機の中から撮影したものですが、到着したら、豪雨だったんです。豪雨だけれど、上にはこの光景が現実に存在している、これって、私たちのアイデンティティーが見ている世界をまるごと映し出しているみたいな状態。

見たい世界、なんていう小さな枠には入りきらない、真実が、記憶と同時に存在している。わたしが生きる世界です。記憶はわたしがクリーニングできちんと扱うことができること。突然理不尽にわたしが投げ出された世界なんかじゃない、内側にずっとあって、扱えることなんだ、その気づきから、世界はほんとうの姿を見せてくれるようになるのかもしれない。

争いも平和も内側で繰り返し、繰り返し、選択できること。

まだ数日ですが、早速義理の家族と会っています。台湾とも関わっています。違和感を感じることもあれば、みんなほんとうにありのままベストだと感じることもどんどん起きてきた。昨日は義理の妹がすり寄ってきて、わたしに膝枕してと強要(わたしの表現方法がすでに怒り!)してきたとき、すんなりと受け入れられて、そしてとっても可愛かったんです。だから、なんだというわけじゃないけれど、そのとき、そう感じた自分がすでに存在していて、今日どう思うかわからない、でもその繰り返しもきっとわたしのウニヒピリがわたしと一緒に選択してくれたことなんだと思うと、こんなに未知なことってわくわくする、とさえ思います。

一緒にクリーニングしてくださった方、ありがとう!今いる場所で、今起きていることをクリー二ング、続けていきましょう。

たくさんのコメント、ありがとうございます、うれしく読ませていただいています!改めてお返事させていただきます。

ウニヒピリはわたしの一部、ありがとう、愛しているよって繰り返していくと、自分の中心が戻ってくる。

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アイリーン

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講談社にて打ち合わせ・山ぶどうのお財布

新刊発売後、はじめての講談社での打ち合わせでした。今回、長い間原稿をお待たせし、その間に担当編集者が変わったりしたのですが、なんだか、こうあるべきだったのだ、というような素晴らしい流れで、最後はとてもスムーズに完成に導いてくださいました。

毎回、出版社へ行くときは、たくさんのクリーニングをします。わたしが何者か、目的はなんなのか、誰と会い、何が不安で、何を興奮しているのか、そういったことを自分の中で正直に洗い出し、クリーニングしています。そうすることで、以前よりも、自分の意見も良いタイミングで言えたり、向こうから提案してくれたり、調和があるってこんな状態なんだと気づかされることが増えてきました。

今日は、来週のサイン会や、取材などの打ち合わせです。未来のことについて話すとき、過去に起きた自分の体験を追体験するような感覚になることがあります。ああ、でもそういうのわたしは苦手、失敗したことがある、まだまだ早い、そんなこともクリーニングしてみることで、未来に起きることがほんとうの姿でようやく登場できる。ホ・オポノポノではそんな自分がタイムレスにあらゆることと対峙できるということを学びますよね。

左から素敵な素敵な担当編集者の依田さん、わたし、柿島部長です。

なぜだか、とても嬉しいひと時でした。

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そして、夜は母と待ち合わせて銀座の三越に行きました。来月親戚に会いにアメリカへ行くのですが、そのおみやげに風鈴を探すためにです。

久しぶりの母との滅多に行かない銀座デート。ここ最近、わたしはなぜか人と会ったり話すときに、不自然な気持ちになって居心地が悪くなり、苛立っているという、気持ちの悪いときが多く、せっかく日本に戻ってきているのに、慌てているような状態でした。これは今度また書きたいのですが、それこそ、ウニヒピリが大爆発を起こしているようなものですから、丁寧に一人の時間を持ったりして、過ごしていました。そのプロセスの中でようやく長い冬から春を感じるようなそんなスムーズさが戻ってきた頃だったので、母との時間、久しぶりのデパートが楽しくてなりません。華やかなものたちのその美しさをゼロの目から体験するとき、そこには自分を喜ばせてくれるものがあります。

そこで、風鈴を探していると、突然出現した座敷のような作業場があり、そこで日焼けしたおじさんが座布団の上でいろいろと作業をしていました。よくみてみると、山ぶどう蔓を編んだ、バッグやお財布を作って売っている展示場でした。わたしはあまり買い物をしないほうで、お金を使うことが怖いので(いつもクリーニングのテーマ!)、デパートには買い物には用事がないと行きません。でも、それはほんとうに美しくて、おじさんの作業している手先を見ているだけで、内側でなにかが弾けるような、クワガタとかセミとか、小さなころ、そおっと触ってみたくなったような気持ちを思い出しました。

そこで、おじさんが、山形弁で、一生懸命その山ぶどう蔓のお話をしてくださいました。一年に1ミリくらいしか皮が暑くならないこととか、何年もかけて使いながら表面を育てるということとか。どんな縁があるのかはわからないけれど、とにかく色も手触りも香りも大好きになってしまい、ウニヒピリになんとなく相談してみました。

すると、突然、母が記念に買ってあげる(とてもレアな事です)と言ってくれ、いつもなら、それがわたしにとってはとても高価なものなので、「いいよ、いいよ」とそう言わせてしまったことに切ない気持ちまで持ってしまうほどですが、そのときは、大好きな母がなにか大きなご褒美を与えてくれる、とにかく心の底から嬉しさが湧き出て、夢みたいな気持ちでした。

帰りに母にそんな気持ちを話してみたら、「それはアイリーンがようやくウニヒピリの存在を認めて、一緒に生きてくれていることを承認し始めたからだよ。アイリーンがこのお財布を持って、おじさんとお話している姿を見て、久々にあんたが可愛いと思えたよ。こちらも幸せな気持ちになった。だから買ったんだよ」と言われました。こんなことを書くと誤解を招くかもしれませんが、母は基本的にさらにわたしよりもお金を使わない人で、滅多になにかを買ってはくれません。わたしもいいとしなので、それに不満は一切ないし、母が小さなころからわたしに与えてくれたお金との誠実な関係にむしろ感謝しているほどなのですが、なんだか、小さなころにできたまだ治っていなかった小さな傷がさっとかさぶたになって消えてしまうような、とても新鮮であたたかい出来事でした。

そして、その戸田さんという山ぶどう蔓職人さんが、商品の説明を亀の子たわしでゴシゴシしながらしてくれる様子を見て、自分が作った作品に、エゴを入れず、ベストを尽くして、出来上がったものを、あるがままに勧めている、紹介している、その全体のなにかが今のわたしに大きく響くメッセージでした。

今回の『ホ・オポノポノジャーニー』というプロジェクトができる過程で、わたしがその道具となって、できることを最大にした、という事実を自分の記憶で歪めず、でてくる恐れとかいろいろをクリーニングして、ただ、シェアしていきたい。そう思えたのです。恥ずかしさ、怖さ、自己卑下、これがほんとうのところ、どこからくるのかはわからないけれど、これから先、わたしはそれらをクリー二ングして、気持ちよくこの本を紹介できる人でありたいです。

KRさんは、クリーニングしていると、あなたをあなたに運んでくれるものと出会えるのよね。そんなものに囲まれていると、ほんとうに幸せよね、とよく言います。わたしもそんな宝物を出会えた気がします。

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また、コメントのお返事もゆっくり書きます!

読んでくださってありがとうございます。

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アイリーン

サイン会お待ちしていま〜す♪

http://www.aoyamabc.jp/event/hooponopono/

サイン会のお知らせ、訂正・ぜひきてください♪

今日の東京は、風が強く、快晴で気持ちがいいですね!

先日お伝えした20日サイン会情報に訂正がありますのでご確認ください。

講談社『ホ・オポノポノジャーニー』出版記念

平良アイリーントーク&サイン会

テーマ:ホ・オポノポノと出会う!自分と出会う!

参加方法:該当書籍を購入された方へ参加券お渡し

日程 2015年7月20日(月)

開演 トーク14:00〜14:45 /サイン会15:00〜16:00

   (開場13:30 自由席)

定員 110名様(先着順)

会場 青山ブックセンター本店 大教室

http://www.aoyamabc.jp/store/honten/

お問合せ先 青山ブックセンター 本店 03-5485-5511 (10:00~22:00)

先週末は神戸にて、SITHビジネスクラスでした。私自身、なんだかとても久しぶりに感じたクラスでした。それだけ、普段の生活の中で忘れがちなことをクラスでは思い出せるし、新しく響くこともたくさんあります。いつもと同じ自分なんてものはないのだな、だから、毎回新しいクラスを受けているきもちになるのだなと改めて腑に落ちました。

クラスの休憩時間中に声をかけていただき、ありがとうございました。わたしのくせは、どうしてもやっているくせにこっそりとやりたい、とか、のびのびやりたいのに、出し惜しみすることです。いろいろな場面で。この本やブログと自分の関わり方もそうです。これは、ほんとうに根深いもので、もし友達が同じような感じでいたら、「堂々とじゃんじゃんやりなよ!」と言えるのですが、自分のことになると、結構その瞬間の反応は恐怖に近いものがあります。その体験の奥にどんな記憶があるのかわからないからこそ、クリーニングしているのですが、コメントをいただいたり、ブログを読んでいると声をかけていただいたりすると、やはり素直に嬉しいですし、その都度、現実に戻ってこられます。こころから、ありがとうございます。

新刊「ホ・オポノポノジャーニー」もとうとう発売になりました。書店を見つけると、どこにあるのかついつい探して、挨拶している今日この頃です。

サイン会、ぜひいらしてください!楽しみにしています。

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アイリーン

(今朝のさんび)

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サイン会のお知らせ

たくさんのフィードバック、ありがとうございます!

わたしも書いていて、そしていただいたコメントを読ませていただきながら、クリーニングのかんじを取り戻せるし、何よりもなんかあたたかい気持ちになります。ブログに対して、徐々に心が緩んでいくのを味わっています。(前は、なぜかログインするだけで怖かった〜)。

ありがとうございます。

いろいろと勉強して、もっと読みやすく、このブログさんと一緒に進化したいです。文章はもちろんですが、行間とかきっと変えられたりするはずのアイコンがいくつもあるので、ちょこちょこ試しながら、この場所がなりたい形に整えていきたいな、と思っています。ご意見ご感想お待ちしています。

サイン会のお知らせです。

(早速文字を大きくしてみたり!)

この度、『ホ・オポノポノジャーニー』の刊行を記念して、サイン会を開催していただくことになりました。

7/20(月・祝)青山ブックセンター本店で、本をご購入いただいた方を対象に、約一時間のトークとサイン会をします。一時間と短いですが、この本の経緯や出来事をシェアさせていただいたり、みなさんとQ&Aの時間もあるので、祝日ですが、ぜひきてください!クリーニングしに!応援しに!ぜひ!何よりもみなさまと直接お会いできることをこころから楽しみにしています。

詳しくはこちらから、http://www.aoyamabc.jp/event/hooponopono/

講談社『ホ・オポノポノジャーニー』出版記念
平良アイリーントーク&サイン会テーマ:ホ・オポノポノと出会う!自分と出会う!参加方法:該当書籍を購入された方へ参加券お渡し(電話予約可 7/7より受付)日程 2015年7月20日(月)
開演 トーク14:00〜14:45 /サイン会15:00〜16:00
   (開場13:30 自由席)
定員 110名様(先着順)
会場 青山ブックセンター本店 大教室
お問合せ先・申し込み 青山ブックセンター 本店
           03-5485-5511 (10:00~22:00)

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最近、みなさんはどんなクリーニングしていますか?
私はあるとき、突然顔を出した『ひがみ』をよくクリーニングしています。
とても重く、なかなか抜け出せない苦しさを体験することもあるけれど、
これを抱えていたのは、ウニヒピリなんだと思い、たんたんとクリーニングを続けていたら、
ヒューレン博士のことばを思い出しました。あるとき、博士はこんなことを言いました。
 
「記憶を愛するんだよ」
わたしは、記憶は悪いもので、わたしを問題の中につれこむものだから、さっさとクリーニングして、手放すってよりも捨て去りたい対象としか考えたことがなかった。
「記憶はあなたがその時、その時代、その瞬間、最大のこととして選択した、または強制的に選択させられたものの集合体だよ。あなたがそれを選択してきて、良かれ悪しかれ、これまで、生きてきた。だから、愛して、手放すんだよ」
辛い体験を引き起こす記憶を愛することなんてできないよ、そんな風にこころの中で思っていた私に博士はこう言って続けます。
「今体験している想いと出会い、会話し、お互いようやく自由を許しあえることができたら、あなたはほんとうの自分にようやく繋がっていける。最高の自分になれる。そこにつなげてくれたのは、あなたが『今』体験している記憶なんだよ」
博士のある時のそのことばをふと思い出し、
何かがほどけていくのを感じました。
別に難しくしなくていい、
ただ、今目の前にある「ひがみさん」がずっと知らず知らずわたしと一緒に歩いてきたけれど、
今こうして目の前に立ってくれたおかげで、
手放し方、クリーニングの仕方を知っている私は、今どうしたらいいのか知っている。
ひがみがある自分が恥ずかしい、だって記憶だ。
ひがみを今目の前にして、ようやく自分をまた一歩つながることができる。
ウニヒピリはよおく知っているのだそうです。
今、わたしが何をクリーニングしたらいいのか。
たとえそれが、ほんとうにどうしようもない、ひがみでも、
親を愛する気持ちでも、
締まりの悪い戸棚でも、
今目の前に現れているものを、
クリーニングすることが目的。
いい人になる必要もなければ、深刻さをわざわざひっぱりだす必要もない。
「愛は持ち出すものじゃないよ、あなたそのものなんだから」
ひがみ愛してる〜!とは、もちろん思わないけれど、何か縁があって、これまで一緒に影でわたしと生きてきたこの記憶を自由にしたいな、と柔らかい気持ちで受け止めることができたのが、
ここ最近のわたしの体験です。
なによりも楽〜〜〜〜〜!!!!!!!なんて楽!!!!
本が出来上がって、これから、ハワイのみなさんや、ヒューレン博士に届けられるそうです。
この本が生まれた場所に飛んでいく、
また新しい場所に飛んでいく形になった本たちを想像すると、
ほんとうにますます、わたしはエゴをクリーニングしていこうではないか、
とたくましい気持ちになりました。
ありがとうございます。
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アイリーン

質問のお返事

今日から7月ですね!

いただいたコメントの中のお返事をここでさせていただきます。わたしはSITH認定講師ではないので、答えるというよりも、そういえばわたしはこんな感じでやっています!という発想からお答えしています。

実際にクリーニングの方法を詳しく学びたい方やわからない!という方は、こころからクラスやKRさんの個人セッションをお勧めします。わたしもその中で学びました。

何度も繰り返しますが、あくまでも、わたしはこんな風にクリーニングしているわ!という立場から書いているのでぜひクリーニングしながら読んでください。

それではみていきましょう!

( コメント ↓ )

例えば二度寝寝してしまって寝坊したとしますよね。そんな時、「また二度寝しちゃったよ…もう二度寝はしないって決めたのに!」と自分を責めて自己 嫌悪に陥ってしまいます。でも、自分を責めるということは同時にウニヒピリを傷付けることにもなるのでしょうか?だから自分を責めることは良くないので しょうか?そして、「私の中のどの記憶が原因で自己嫌悪に陥ってしまったんだろう?」なんて問いかけなくても答えは明らか(二度寝してしまったから)です よね。それとも、二度寝してしまったことも潜在意識(=ウニヒピリ)の中の記憶に原因があると考えて、「私の中のどの記憶が原因で二度寝してしまったんだ ろう?」と問いかけてそこをクリーニングするのでしょうか?それともただ単に、自分を責めるような気持ちや自己嫌悪感に対して「ごめんなさい・許してくだ さい・愛しています・ありがとうございます」と唱えてクリーニングすればいいのでしょうか?

( アイリーン ↓ )

とにかくヒューレン博士は「ゼロか記憶か、そのどちらかしかない」とおそらく何億回と言っていらっしゃいます。なので、なんでもない、ゼロ、以外はぜーんぶ記憶。と思ったら、何をクリーニングすべきか自ずと見えて来きます、というかもうほとんどのことですよね!わたしがこういて、ブログをやっていることだって、コメントを見て、返事していることだって、何かの記憶なんだそうです。そこでクリーニングします。「私の中の一体何が・・・」というこの文言は、問題のほんとうの原因は記憶なんだ、ということを改めて自分とウニヒピリに話しかけるために言うのであって、わたしはクリーニングするときは、ただただ、「愛しています・・・」とかただ心の中で言っています。

そこで、ご質問の本題で、二度寝してしまう自己嫌悪に関してですが、これは何度もクラスや講演会にでて自分自身が学んだことですが、基本的にあらゆる感情、体験はウニヒピリが見せてくれているもの。なんのために?それは記憶をわたしにクリーニングしてもらうために。だとしたらこの場合、「二度寝したから自己嫌悪を感じている」と私たちの頭は言っているけれど、ウニヒピリ側からしたら、なが〜い間ためこんでいきたこの『自己嫌悪』を手放してもらうために、わたしに「二度寝」、「二度寝をやめようと思ってもやめられない」という体験をさせている、となる。(かも!)わたしは脳科学者でもなければ仙人でもないので、この真理はこうだ!とは全くわかりませんが、わたしの場合はどんな出来事でも、この立場に戻ることでクリーニングを再開できる気がします。いつも夫のフィルを引き合いに出して申し訳ないけれど、フィルと結婚したことで、今まで体験したことのないような苛立ち(たいしたことではありませんが)とかいろんなものを体験します。そこで、この『苛立ち』は「フィルと結婚して台湾に住んでいるから起きている」という場所からだとクリーニングは進まないし、苛立ちに溺れちゃうけれど、「わたしのウニヒピリが『苛立ち』のほんとうの原因である記憶を手放すために、それを見せるために、フィルと結婚して台湾に住むことを体験させてくれている」というところに戻れば、サクサクとクリーニングを再開できます。あとは最近だっら、本を書いていて苦しいとかプレッシャーとか自己卑下とかでてきますが、これはわたしが本を書いたからこれらが生まれた、ではなく、「わたしの中にもともとあった自己卑下、プレッシャーを手放すために、わたしは本を書くことを体験している」となって、また実際に動いていけます。そうすると、またフィルはフィルとして本来の素晴らしさを見せてくれるし、わたしも幸せ。本を書くことから与えられた様々なギフトを改めて感動させられる体験を与えられて、いろんな出会いやインスピレーションを新たに与えられます。

長くなってしまいましたが、最後におっしゃられている通り、わたしもこの場合、自己嫌悪に向け、ただただ4つの言葉とかクリーニングツールを使ってどんどんクリーニングしていきます。

余談ですが、わたし、二度寝大好きです。二度寝が心地よく行われたときの幸福感たらありません。ただ、二度寝に罪悪感を持ってしまう感じもわかります。わたしはそこをクリーニングしたいです。二度寝を正当化するためにクリーニングするわけではないですが、二度寝をしてしまうことに自己嫌悪を感じてしまうって、なにか日々自分の言動にちぐはぐなことが起きているような気がわたしだったらするので、それってウニヒピリが今まで見せてくれたことをないがしろにしてきたツケのようなきがするので、そこに向けて丁寧に「愛しています」と言ったり、日々の細やかな自分の言動に嘘がないか、クリーニングをしながら細やかに時間を過ごすことをしてみます。そしたら、気付いてみれば二度寝なんてしたくてもできない時間の流れが自然と現れ、それに自然と自分が生かされているかもしれないし、二度寝が自分にとっての、最高の充電となって、日々の生活を支えてくれるようになるかもしれないし。どこにつながっているのかはわからないけれど、そうやってみたいです。二度寝サイコー!

( コメント続き ↓ )

また、似たような例ですが、自分の行動が原因で他人を怒らせてしまったとします。そんな時、「私の中のどの記憶が原因でこの人を怒らせてしまったん だろう?」なんて問いかけなくても答えは明らかで自分の行動に原因があるわけですよね。そういう場合はどうするのでしょうか?その人を怒らせるような行動 をしてしまったことも潜在意識(=ウニヒピリ)の中の記憶に原因があると考えて、「私の中のどの記憶が原因で○○さんを怒らせるような行動を取ってしまっ たんだろう?」とその自分がとった行動の原因となった記憶をクリーニングするのでしょう?それとも、その人を怒らせてしまったことで感じる苦々しい感情に 対して4つの言葉を唱えればいいのでしょうか?

( アイリーン ↓ )

相手を怒らせてしまった原因だと思っている自分の行動、ここでは仮に相手が大切にしていた本(すでに絶版されている著者のサイン本)にうっかりカレーを大量にかけてしまってめちゃくちゃにしてしまったということにしましょう、まずこれが現実に起きたことなので、わたしは素直に謝ります。そして次会った時も謝ります。

そして、クリーニングですが、その出来事が起きた瞬間から、まずいろいろな体験をしますよね。相手が怒っていてほんとうに怖い、このまま仲直りできなかったらどうしようという不安。しょうがないじゃん!と開き直って実は逆ギレしている自分。とか、きっといろいろ出てきているそれらをクリーニングします。そうすると芋づる式に、相手に関してすごく依存を感じている自分に気づくかもしれないし、そしたらそこをクリーニング。で、また次でてきたことをクリーニング。

そうしている間に、よく言われている、その問題のほんとうの原因である記憶が消去されているのだそうです。それは遠い昔の過去の記憶かもしれないので、私たちにはわからないけれど、まずわたしにできることは、目の前で起きていること、感じることに脚色せず、ただ知っている方法でクリーニングすることなので、そうします。

KRさんに言われるとハッとしますが、実はこの出来事、そしてそこへのクリーニングによって、実はわたしとそのカレーの被害にあった友人、本、場所の間にもともとあったアカコード(カルマみたいなもの)が自由になるきかっけだったりするそうです。

でも、そこで無理やり開き直らず、自分のこころにしこりがある限り、クリーニングして謝ったり、クリーニングして、自然と距離を置いてみたり、クリーニング、実行、クリーニング、実行を繰り返します。

( コメント続き ↓ )

また、ウニヒピリに対して「ごめんなさい・許してください」と言うのはわかります。「今までウニヒピリの存在を無視してきて・ウニヒピリの気持ちを 抑圧してきて・ちゃんと記憶をクリーニングせずに放置しておいて」ごめんなさい・許してくださいということですよね?でも記憶や感情そのものに対してはど ういう意味で「ごめんなさい・許してください」というのでしょうか?「愛しています・ありがとうございます」は、なんとなくわかります。無償の愛を与える ことでその記憶や感情を解き放つというか。

長文ですみませんが、いつもこのことが引っかかってしまい、日常の中で上手くクリーニングできない(というかちゃんとクリーニングできてるのかわからない)ので、どうかお返事をいただけたらと思います。

( アイリーン ↓ )

ヒューレン博士は「愛しています」だけで、4つの言葉を言った意味になるとおっしゃっているので、その二つの言葉が言いにくいのであれば、「愛しています」だけでもいいのでは?

いろんなクリーニングの方法が紹介されているのに、なぜか自分はそれをいうことがひっかかるという思いで、クリーニングできないのであれば、他の方法をすればいいと思います。

東京から大阪まで移動するのに、「なんで3時間もかかるのに、こんなに人が多いのだろう、チケットは高いのだろう。。。」と考えて乗れないのであれば、飛行機に乗るとか。

英語を勉強しようと思っているけれど、「なぜ、文法から勉強しなければいけないの?」と考えて悩む間に、ボキャブラリーを覚えるために英語でDVDを観るほうがいいように!

いろんな疑問や質問も記憶だとヒューレン博士はおっしゃっています。だったら、できることを今して、早く記憶からウニヒピリを、自分を自由にさせてあげたいな!とわたしは常々感じています。

わたしの中にどんな記憶があるのかは、わたしの頭ではわからないけれど、今回こんなコメントをいただいて、たくさんクリーニングすることができました。誰のためにクリーニングなのか、それは自分自身の他ありません。誰に認められるためでもなく、ただ自分を生きて行くために、クリーニングしているというところに立ち戻れば、答えというより、すべきことに目がつくようになる気がしています。ほんとうにありがとうございます。

わ たしはここにきて、クリーニングできず、ただ記憶からの感情の中でもがくことが何よりもよっぽど苦しいとなんども七転八起しながら感じているので、「思考 よりも先にクリーニングでアクション!」という自分の内側で徒競走をしている感じです。思考vs.クリーニング!ほとんど思考が優勢ですが、それでも続け ていくと、クリーニングが先に走ってたまにわたしが見ている世界に美しい魔法をかけてくれます。なので、コツコツ続けていこうと思います。

新刊『ホ・オポノポノジャーニー』の中でも、故モーナさんの素晴らしい気づきの言葉がたくさんあるので、ぜひ読んでください。

7/20(月)にサイン会をさせていただくことになりました!詳細は後日発表だそうです。祝日ですが、ぜひ、応援しにきてください。また告知します。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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アイリーン

(台湾、花蓮の朝焼け)

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