月別アーカイブ: 2014年7月

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人生のいろんな場面で、
ハウツー本やこころを元気にしてくれる本を読んで来た。
講座などではお話しているけれど、
ちょっと変わった幼少期の中で、
それはそれはあらゆるセミナーやスピリチュアルなことを
聞きかじったり、学ぶ体験をさせてもらった。

どこかで聞いた「頑張れ!」とは人に言ってはいけない。
という教えをなんとなく心のどこかで覚えていて、
なんとなーく言わないようにしていたような気がする。
いろんなものを自分への愛がないまま学ぶって、
このなんとなーくがどんどん増えていくことだと思う。

なんとなーくって実はおまじないとか呪いに近い要素もある気がする。
あくまでもわたしにとっては軽くそんな風に気づかなくても
そんな暗示的なことがまだまだゴロゴロある。

ホ・オポノポノで学んだことのひとつに、
あらゆる存在、人、どうぶつ、植物、たべもの、建物、乗り物、
文字、情報、時間なんでもにアイデンティティーがあるということがある。
ことばにもアイデンティティーがある。
わたしたちと同じように、もともとはインスピレーションと繋がっている完璧な存在。

『叡智のしずく』という本の中にこんな一節がある。

できるだけ、「ほんとうのあなた」を

こころに描き、言葉にしよう

それがあなたの今を創るんだ

「ほんとうのわたし」が発したことばは、
ことばそのものが伝えるべきことをつなげてくれるのだと博士は言っていた。
わたしがことばを操っているのではないそうです。

さっき、スカイプで日本に住むおばあちゃんに電話をした。
ほんの2,3分、体調とか天気とかおばあちゃんの三味線の御稽古のお話をしただけなのだけれど、
心が和んで元気をもらって、心底おばあちゃんの健康を祈った。

「ばぁば、がんばってね!」

最後に口からぽんって出て来た。
おばあちゃんがにっこり笑って背筋をちょっとだけぴんとするのがスカイプ越しに伝わった。

頑張るさんとわたしの間にあったわたしが記憶でかけてしまった暗示が解けた瞬間でした。
できるだけ、ほんとうの自分をこころに描き、言葉にしよう。
ほんとうの自分は愛。
なにかをするとき、言うときは、できるだけ愛からしよう。
それ以外はクリーニングしよう!

台南最終日に出会った、街にいたブタちゃん(しっかりと女性であることを確認しました)
当日は猛暑中の猛暑で、さすがに飼い主さん?か近所の人が水浴びさせてあげていて、
とっても気持ちがよさそうでした。
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わたしもブタ年うまれ。暑さでお互いくらくらする中、
じっと見つめ合いました。

ブタにびっくりされた方へ、
こちらも台南のあの伝説のフルーツやさん、lilyで飼われていた、
カッパ鳥(これはわたしが勝手に名付けました)
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カラフルなフルーツやさんをよりいっそうみずみずしく、明るくしていました。

暑いですね。
祖母も暑いと言っていました。
あのかき氷の中に飛び込みたいな!

疲れた〜も言わないほうがいいとどこかで読んだか言われたことがあるな。くせになったら、情けないけれど、ほんとうに一日よく頑張って疲れたときとか、もう悲しいくらい心が弱っているとき、「つかれた!」と口の外に出したときとか、わたしは毒が抜ける気がするな。ため息だって、しっかりするときはするし。

せっかく出会った言葉とか、体のしくみ、じゃんじゃんクリーニングして、自由にのびのびと寄り添って生きて行きたいな。

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アイリーン

台南へ

週末を使って台湾の南方、
台南に遊びに来ています。

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完全なレジャーで来るのはこれが初めて。台南は台北よりも昔に国の中心となった場所で、そのあとオランダや明王朝の拠点となったため、その色調が建物に色濃く残っています。

中でも特徴的なのは、たべもの!
主なフルーツの生産地で、
小吃(シャオツー)と呼ばれる小さなお皿に乗せられた色んな小料理をちょこちょこ食べ歩ける街です!

山に囲まれた台北と比べ、台南は海に面しているため、風がよく吹き抜けてとっても気持ちがいい。
人もさらにフレンドリーで、完全にリラックスしたおじさんおばさんが街を明るくしています。

今日いった場所をご紹介します。

塩の山!

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かつて塩の生産地だった場所がいまは小丘になって登れます。ミニチュア砂丘の塩版。なんてことない観光スポットかと思ったら、塩の水晶が集まったその丘はかなり良いものでした。

ダウンタウンでは小吃を食べ歩きながら、台湾で最後の一つとなった手描きポスターが使われている映画館へ。

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なんだか

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手描きポスターだと、やたらドラマチックでそそられませんか?
映画館自体も写真にうまく収められなかったけれど、旧式のままでホテルブダペストをなんとなーくイメージしました。

台湾の人の好きなところは、観光客が写真を撮ったり、きゃっきゃっしているのを見て、それを避けたりとか、鬱陶しくせず、逆にそこのローカルのはずなのに、私たちが楽しくしていると、改めて何か起きてるんじゃないかと、いっしょになって写真をとっていたり、きょろきょろ好奇心で馴染みの場所を見たりしているところ。
まっさらな気持ちでいつでもワクワクすることを探しているかんじ、わたしはすごく元気をもらっている。

路地を一歩はいると、おじさんが自分の家からスーパー素敵なお茶台(囲碁盤?つき!)を持ち出して、ゆっくりしていたり、きっと様々な季節を超えてこんな風にして過ごして来たんだろうな。
それを目にした人にもそれに気づかない人にもなにかおおきく巡り巡って影響し続けて来た人でしょう。印象的でした。

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今回出会ったまるで夢に描いたようなデザート!瓜瓜冰(グアグアビン)
メロンの中にメロンボールとマンゴーアイスが入ったもの。
台南のフルーツ屋さんが出しているメニューだからこそできるゆめのようなデザートでした。

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泰成水果店
台南市中西區正興街80號
Tel / 06-228 1794
營業時間 / 15:00 ~ 03:00

このお店がある通りは古くからある建物をそのまま利用したすばらしいカフェやビストロがたくさんありました。
今度はゆっくり歩いてみたいです。

もう一軒、ここはいつか台南へ行かれる方にはこころからオススメのフルーツ屋さん。
台湾にはエリアを問わずあちこちにフルーツかき氷があるけれど、もうここがダントツです。
わたしは甘ったるいものがあまりこのみではなく、フルーツは大好きだからいつもこんな氷を願っていたんだということがまず一目見てわかって幸せでした。
ここもフルーツ屋さんがフルーツと氷だを使って店の中でやっている氷屋。
左からバナナ氷、パイナップル氷、マンゴー氷。

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マンゴー氷、元気になる。
台南の愛文マンゴーの切り立てが氷に散らばって、ほんとうにケチなことは全部忘れて豊かな気持ちになる魔法のデザート!機会があったらどうかたべて欲しいです。ワクワクします。スプーンで食べるだけなのに。いまも幸せ。

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莉莉水果店
http://s.navi.com/taipei/food/788/

ここのお店の看板にこんな言葉が書かれていた。

『 くだものの自然な甘みを味わえることに感謝しよう』

こんなかんじのこと。
暑い時に、くだものが豊富な土地が与えてくれたフルーツを丁寧に切ったり氷と合わせてだしてくれるお店で口にすることができたとき、このことばが最近読んだどのクオートよりも体にしみました!

ありがとうございます。
フルーツすごい。

POI
Irene

台風の台湾に戻りました。

昨日台北に無事に戻りました。
羽田の時点で、台風のため途中で違う空港へ着陸、または羽田空港に戻る可能性があるという、アナウンスがされていたため、早速クリーニング!
いままでだとなんか違う方法を考えてみたり、面倒だなぁとか考えたりしているところ、クリーニングのままでいられたら、なんと30分も早くに松山空港へ到着しました。

今日は台北全域で台風のため学校も会社も一部の交通機関もおやすみです。
街もセブンイレブンしかあいていません。

昨晩から今日にかけて、いろいろとフィルに話そうと決めていたことがあったのですが、台風で、フィルも会社がおやすみ、時間が自然と伝えるべきことをわたしに伝えさせてくれるような、ありがたい体験をしました。

意気込んで何かを伝えなくても、
時間も場所もそしてなによりわたし自身が本来の自分を取り戻し、あるべき状態にいると、絶妙なタイミングでコミュニケーションが育っていく、そんな時間でした。

部屋の窓から見える木がほんとうに左右前後にゆさーゆさーと揺れる姿、自然がまず前提にあって私たちは居場所を与えられていることをよく思い出させてくれた。

不均衡なリズムから完璧なリズムへ移り変わる風の音は、わたしのガチガチな頭が作り上げた世界で生きるためのルールをごそっととっぱらって、もともとのいのちに流れる、自由で賢い迅速な反応を蘇らせてくれるようでした。

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朝、起きて、目の前の公園のいくつかの幼い木々がなぎ倒されているのをみて、さぞかし驚いたのではないかと、外へでてみました。
一本一本にアイスブルーと話しかけながら触れて、一周していたら、ウニヒピリの声をよく聞き、自分を生きて行けば、どこにいても、そこがわたしのホームなんだよね!と自分の中で会話が始まっているのに気づき、豊かな気持ちになりました。

ベランダで育てていた葉っぱだけになっていた蘭の鉢植えにまた花が咲いていました!
ランの内側には天使がいるよ、と沖縄で教えてくれた博士を思い出しました。
今度蘭をみたら、よおくみてみてくださいね!

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そんなこんなで、台湾でまた今日から生活が始まります。

今回京都、大阪、神戸でイベントがあり、そこで得られた体験は宝物です。ホ・オポノポノのクラスでは謙虚にクリーニングしていくこと、そのシンプルなプロセスそのものをシンプルに続けていくことがいかにパワフルなことか、受け取ったし、早速実践していたら、やっぱりすばらしい。わたしができることがはっきりと目の前に現れ始めるのです。

声をかけてくださった方、ありがとうございました!
また改めて書きます!
まずは、こころからのお礼とみなさまの健やかな日々を願って!

今晩はフィルの家族と食事です。
まずは会う前に、わたしがもっている彼らに対するあらゆる感情をクリー二ングして、ゼロから、できるだけ、新しくゼロから、時間の中で出会いたいです。

モミラニさんに言われたのです。

コーヒーが美味しい、も記憶です。
記憶をクリーニングして、毎瞬、この世界がもともともっている美しさに驚いてください。
あなたがゼロだから、美しいのです。
あなたがゼロだから、世界があなたに顔を見せることができるのです。

それではいってきます!

Peace begins with me.
Irene

7/17、京都講演のお知らせ

みなさまアロハ!

7月17日(木)
トータルヘルスデザインさんの主催で、
京都で講演会をすることになりました。

近郊にお住まいのみなさま、
お時間があればぜひご参加ください。

コチラから↓↓↓
http://seminar.thd-web.jp/e20470.html

夏の京都でお会いできるのを楽しみにしています。

続けて、スタッフとして参加します、モミラニ女史の
講演会(テーマは『アーティスト!』)とクラス、今からとても楽しみです。
クラスは何度参加してもそのときに聞くべき情報はすとんと届く体験ばかりでほんとうにありがたいです。

最後に最近毎日はまって見ているサイトをご紹介します。

http://earth.nullschool.net/#current/wind/surface/level/orthographic=-228.32,32.67,3000

世界中の大気圧の流れがタイムリーに美しい映像で見れるもの。
頭ばかり働かせているときなんかにこの映像を見ると宇宙飛行しているような
開いた気持ちになります。

今この時点では、台風、微妙に日本列島からずれているようですね(このサイトからすると。。)

ありがとうございます。
POI
アイリーン

昨夜の夢(やっぱり時差ぼけか)

デッキー(シアトルに住む叔父)がニューヨークのすごいアパートに暮らしていると聞いて、
家族(わたしと弟ジェニオと母ベティー)みんなで会いにいった。

マンハッタンの一等地で、ありえないほど広く立派なペントハウスに暮らし始めたデッキー。

と思いきや、
デッキーはそこに住みながら、そこの主が不在の間訪れる来客の荷物運びの仕事をしていた。

そこにはなぜか陽子(叔母、母の姉、中学まで一緒に暮らしていた。今は一人でほとんど家を出ない生活をしています、がやたら話が小さい頃から合うので今でもしょっちゅう会いに行って、ふし〜ぎなお話をしています)も一緒に住んでいて、
なんと陽子もニューヨークで働いているという。

へえ!と思ったら、
デッキーが「陽子は夜中働いているんだ」と。
「なんでわかるの?」と陽子が聞くと
「ガスがまだついてあるから」とデッキー。
デッキーらしい偵察のし方だね、と皆で笑った。
デッキーは常に光熱費のチェックにうるさいのです。

陽子も元気、デッキーも元気、ベティーもみんな、ほんとうのみんな、ジェニオやアイリーンがいてとっても嬉しそうだった。

よくよく考えると設定(ニューヨークで50代の日本人女性が夜中働いているって結構心配。。)
も立場(夢の中で汗水たらして荷物運びで走り回っていたデッキー)もあまり優雅じゃないし、
デッキーは現奥さんであるメリッサと夢ではまだ出会っていない独り身だし、
でも、現実では全ては過ぎ去ってしまったからこそ、全てが愛おしくて、懐かしくて、切なかった。

そこで夢は終わったのだけれど、
あまりにもハッキリとしたリアルな私達の夢だったのでその続きまでもわたしにははっきりとわかる。
あの素晴らしいペントハウスの冷蔵庫なんかに私達親子は上野タケヤで買い占めてきた日本の駄菓子とか細かなお土産を早速詰め込み始めていたところだろう。
せっかくニューヨークにきたのに、デッキーに連れられアジア人街ばかりで食事をし、残り物をしっかり持ち帰り、
皆で勝手を知っている風にわけあって滞在していただろう。
よく喧嘩もしながら。
誰かがその都度とめ、
誰かが忘れ、
誰かが問題をまた起こす。
母はここぞとばかり妹を発揮してトラブルを起こしたりわがままを言ったり、
姉の陽子と大げんかして、デッキーはきっとまたとぼけた顔でとめてくれるだろう。

あまりにも現実的でただの夢とは思えない。
こんな可能性も絶対にあったんだ。
じゃあこれはどこに行ってしまったんだろう。
わたしの中で今も手に触れられるようにデッキーの肩のかんじがする。
ニューヨークの朝の匂いがしてくる。
こんなにも現実。
もしかしたらもう一つの可能性であったかもしれないわたしたちの人生がどこかパラレルワールドの中で続いているのかな。

よっぽどいまの方がみんな少しは成功し、
パートナーもいて幸せなのだけれど、
夢で見たわたしたちがみんななんだかそれなりに楽しそうでリラックスしていて、
懐かしい切ない気持ちになったんだ。

これってなんなんだろう。
みんなどこにいるんだろう。
なんという巡り合わせで今いる場所にきてしまったのだろう。

たまたま夢の中で出て来てくれた
もう一つの私達の人生、
これこそがウニヒピリが蓄えてきたあらゆる情報、
解放されきれていない私達のまたはあらゆる存在のいろんな可愛らしい、
そして可哀想な想いの集合体。
形には残らなかったかもしれないけれど、
今こんな風にして現れてくれたからこそ、
このへんてこな夢を丁寧にクリーニングしたいと
こころから思った。
そこで解放された記憶たちが
今のわたしを優しくなでるようにして自由に解放してくれるような気がする。

夢の中の私達、
今のこの現実よりもさらにへんてこで
ごつごつぶつかり合っていたけれど、
ほんとうに愛おしい。

ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています。

POI
アイリーン

台北37度!

台湾はここ数日快晴、昨日はなんと37度でした。
日本はいかがですか?

実は昨日までハワイに行っていました。
ハネムーンです。

わくわくはしていたけれど、
気づけばいろんなことに期待していたみたいで、
からだがそこにただいるのにすごく時間がかかるような気持ちになったのです。
そこからゴシゴシゴシゴシ記憶で曇った眼鏡を気づくたびに磨きまくり。

ホテル!ゴシゴシ!
ビーチ!ゴシゴシ!
フィル(夫)の運転!ゴシゴシ!
ビキニ!ゴシゴシ!
ハワイの人!ゴシゴシ!
天気!ゴシゴシ!
写真!ゴシゴシ!

期待ばっかりだった。

ハワイにいるのに

毎日そこにはよい天気と美しい海があるのに!

そういえば、その前に日本に帰国したときに、
時間を見つけては友人達に会おうと動いていたのですが、
もちろん会って幸せなのだけれど、こころが浮遊しているような
終わったあと少しぽっかりしているような気持ちがあり、
そのときも「ああ、たくさん期待していたな」と気づいたのでした。
久々に会うからこんな感じの会話で、こんな感じの仲の良さで、
家族とも、職場でも、ともだちとも、なじみのカフェでも、愛犬とも!
期待だらけ!

期待はほんとうに記憶ですね。
にごってしまう。
そこにある奇跡のように一回きりの色や形を味わえなくさせる。

とは言っても、クリーニングもたくさんして、
毎日泳いでからだを動かし、
初めての二人きりの旅行はすばらしい体験でした。

今回行った初めてのマウイ
ほんとうにすばらしい場所だったので
時差ぼけからさめた冴えた状態でまた改めて紹介させてください。

でも記憶をゴシゴシお掃除していくと、
今いるこの場所がぴかっときらめくから不思議。

今なんだかくすぶっているような
冴えないような体験をしているとしたら
小さく小さく自分が周りを通して投げかけている記憶をクリーニングしてみるといいのかもしれない。

自由がいいです。
すべての存在がのびのびとしたものに惹かれ合うのだそうです。
そういえば、KRさんと会っているとき、
KRさんって自由な人だな〜
と思うその瞬間誰よりもわたしがなんだか自由。
自由だから機敏にすべきことにすっと手が動く。
KRさんに期待されていないと感じるから、
言うべきことが言える。

他の誰かにこんな自由を与えられたことがあるだろうか。
相手が自由を体験できるほど、まずわたしが自由に接していることってあるかな。
期待はクリーニングしよう。

フィルとの旅行で一番うれしかったのは
「この人はこんなにのびのびとした人だったんだ」
と気づいたことです。
わたしが記憶から見ていないとき、
つまり期待していないとき、
フィルはもともとの完璧な自分をすいすいとなんてことなく生きて行けちゃう。

「問題は自分だったのです。
すべては自分だったのです」

モーナさんの机に置かれていた言葉だそうです。

働き方、住み方、遊び方、食べ方、ホ・オポノポノの仕方でさえ、判断や思考でがんじがらめにしてしまうんだもの。ほんとうに組織じゃない、社会でもない、もうこのわたしの頭に溜め込まれた記憶がわたしを不自由にさせている。

わたしの目に映る期待、記憶、どんどんクリーニングしていこう!
おやすみなさい!

ありがとうございます。
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