記憶翻訳

娘と一緒に乗り込んだエレベーターの中で、

優しそうなご婦人が、

娘に優しく声をかける。

 

 

「何歳?お名前は?」

 

 

娘は声の方に顔を向けて、

そのままちょっとおしりをふりふりさせて、

ご婦人の問いかけに答えになるようなことは何も言わず、

不思議な言葉を発したり、エレベーターのボタンをじっと見つめたりしている。

 

 

わたしは、すぐさま、誰に言うでもなく、

でもはっきりとエレベーターの中にいる皆に聞こえるように、

娘のほうを見て、

 

「 恥ずかしいんだねー 」

 

と言ったあとに、

娘の名前と年齢を慌ててご婦人に伝える。

 

 

ご婦人はもとのにこやかな顔で、エレベーターを降りて行く。

娘と二人きりになったエレベーターの中で、

変わらず、マイペースにその場にすっといる娘を見つめながら、私は気づく。

 

 

私はこういうことをして、何を一体失っているんだろう。

こういうこと、というのは、

まだそんなに言葉を喋らない娘と誰かとの間で起きるあれこれに対して、

とっさに私がやる翻訳の仕事だ。

 

 

「恥ずかしいんだねー」

「まだ眠いんだねー」

「お腹すいてるんだねー」

 

 

と、私に慌てて言わすのは、

私の記憶が操作する、娘翻訳機能。

この翻訳機能が作動する度、

私は自然な流れをとめ、

何か繊細で綺麗な何かを見失ってしまっているような気がする。

 

 

娘がまだ未熟な言葉を使って、

初めて出会う人とコミュニケーションを取れないことを決して恥じたことはない。

娘に興味を持ってくださる方には喜んで私も会話をしたい。

親として、娘が悪気があろうとなかろうと、他者を傷つけてしまうことを

防いだり、直したりするのは当たり前だと思っている。

 

 

でも、私が「だから」と思ってやってしまう、

そんな翻訳機能は、

本能的なものではなく、もっともっと、不自然で、個人的な私の記憶なのだとわかる。

 

 

なぜなら、ちくっと心が苦しくなるのは、

実際娘が何を思っているのかわからないことに対して、

慌てて取り繕おうとすることの奥にある、

私の記憶を感じているからだった。

 

 

誤解されたくない

(  何を? )

悪気はないんだってわかっていてもらいたい

(  なんの罪悪感?  )

短時間であろうとちゃんと丁寧でいたい

(  なぜそんなに完璧主義でいたいの?  )

 

 

 

記憶に気づいてクリーニングを始めると、

自分の中にある、果てしない孤独や恐れが見えてくる。

 

 

娘の行動言動の本当の意味は私にはわからない、

それと同じく、

私の中で一体どんなことが起きているのか本当にはわからない。

 

 

だから、クリーニングするしかない。

私は私の仕事をするしかないんだな、

とあきらめではなく、

粛々とした気持ちで改めて気づく。

 

 

私がまだ小さな子供だった時以来、

初めて、こんなに毎日毎日、朝から晩まで、

自分ではない誰かと一緒に時をともにしている。

 

 

その誰かを、私がウニヒピリをコントロールするようにはできず、

こんな時にはこう言うんだと強制できない相手だ。

それは私の2歳の娘で、

この人と一緒にいると、

私はどれだけ日常で、自分自身の内なるこどもの声をうまく操り、

蓋をして、ないことにしているのか

よおくわかってくる。

 

 

娘と過ごしたこの2年間

今までまるで暴力のようにして、

無視してきた、内なる声がどんどん蓋の隙間から響いてくるようになった。

 

 

聞こえてくるんだから、

クリーニングしよう。

私の記憶が今まで見せ続けた、不安定で信頼のできない世の中では

蓋することが当たり前になりすぎて、気づくこともなかった。

もっと、自然な流れがある、

そこにいられる自分が本来はいる。

 

 

まずは、せっかく気づいた、違和感、声、何かをクリーニングしよう。

すると記憶が私の前に現れる世界を翻訳するよりも早く、

もっと神聖で貴重な新しい真実が現れるようになることを、

もう私は気づき始めている。

 

 

POI
IMG_5390

記憶翻訳」への6件のフィードバック

  1. 瑶子

    更新ありがとうございます(*´ω`*)
    すごくよく分かります〜!
    私の娘はもうすぐ3歳ですが、娘を通して経験すること全てが、私の中にあったものをより深く見ていくような作業で、クリーニングしかほんとにすることないなぁ、としみじみ感じています笑

    私の記憶から彼女に関わらないように、ということをこれからも意識していきたいです。
    この感覚を、アイリーンさんの綺麗な言葉で読めて嬉しくなりました♪ありがとうございます(^_^)

    返信
    1. とも

      こんにちは、いつも困った時、ブログの言葉たちに、ふと立ち止まる勇気をいただいています。ありがとうございます。
      私にも5ヶ月の歳の娘がいます。ここまで毎日べったりと誰かといることは初めてなので、一瞬でもごまかせないというか、色んな私の気持ちが溢れ出てきて戸惑うこともたくさんです。記憶って不思議ですね。慢性的な寝不足の疲れもありますし…(笑)
      優しい良い母でいたい、というのも私の記憶なのかもしれません。

      返信
  2. aommy

    詩のような 美しいリズムにのせられた言葉に
    少しだけ 胸の奥をキュッとつかまれて
    涙が出ます。

    ありがとうございます。

    返信
  3. 仁美

    アイリーンさん

    シェア、ありがとうございます。
    すごく分かるなぁと思いました。。。

    頭でウニヒピリの声をねじ伏せるような感覚。
    ちょっとみぞおちの辺りがキュッとするような。
    その場はうまくやれても、後で後悔したり。

    社会でのコミュニケーションとか、そういうのも大事だけど、
    その中でもクリーニングしてバランスを戻すことはしていきたいと思いました。

    ありがとうございます。
    POI

    返信
  4. 佐藤

    わかります、その感じ。子供達に対して無意識にやっていましたね。クリーニング大事だなぁ、改めて思います。ありがとうございます。POI

    返信
  5. ゆふ

    アイリーンさん

    こんにちは^^

    2011年だったか、東京ビックサイトのイベントで
    ブースがお互い近かったご縁で
    一度お話させていただいたのを思い出します。

    昨日、ふと、こちらのブログの存在を知り
    「あ!アイリーンさんだ!コメントしたい!」とドキドキ書いています。

    わたしも今2歳の娘がいます。
    アイリーンさんと同じころ妊娠出産子育てしてたんだと知って、なんだか嬉しいです。

    アイリーンさんは今、台北なんですね。
    わたしは4年ほど前から青森です。
    東京とだいぶ空気がちがいます。
    のんびりやってます。

    「ホ・オポノポノジャーニー」大好きです。
    ほんとうに神聖なお仕事・・・と感じます。

    いつかまたお会いできる日を楽しみにしています^^

    POI

    返信

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