昨夜の夢(やっぱり時差ぼけか)

デッキー(シアトルに住む叔父)がニューヨークのすごいアパートに暮らしていると聞いて、
家族(わたしと弟ジェニオと母ベティー)みんなで会いにいった。

マンハッタンの一等地で、ありえないほど広く立派なペントハウスに暮らし始めたデッキー。

と思いきや、
デッキーはそこに住みながら、そこの主が不在の間訪れる来客の荷物運びの仕事をしていた。

そこにはなぜか陽子(叔母、母の姉、中学まで一緒に暮らしていた。今は一人でほとんど家を出ない生活をしています、がやたら話が小さい頃から合うので今でもしょっちゅう会いに行って、ふし〜ぎなお話をしています)も一緒に住んでいて、
なんと陽子もニューヨークで働いているという。

へえ!と思ったら、
デッキーが「陽子は夜中働いているんだ」と。
「なんでわかるの?」と陽子が聞くと
「ガスがまだついてあるから」とデッキー。
デッキーらしい偵察のし方だね、と皆で笑った。
デッキーは常に光熱費のチェックにうるさいのです。

陽子も元気、デッキーも元気、ベティーもみんな、ほんとうのみんな、ジェニオやアイリーンがいてとっても嬉しそうだった。

よくよく考えると設定(ニューヨークで50代の日本人女性が夜中働いているって結構心配。。)
も立場(夢の中で汗水たらして荷物運びで走り回っていたデッキー)もあまり優雅じゃないし、
デッキーは現奥さんであるメリッサと夢ではまだ出会っていない独り身だし、
でも、現実では全ては過ぎ去ってしまったからこそ、全てが愛おしくて、懐かしくて、切なかった。

そこで夢は終わったのだけれど、
あまりにもハッキリとしたリアルな私達の夢だったのでその続きまでもわたしにははっきりとわかる。
あの素晴らしいペントハウスの冷蔵庫なんかに私達親子は上野タケヤで買い占めてきた日本の駄菓子とか細かなお土産を早速詰め込み始めていたところだろう。
せっかくニューヨークにきたのに、デッキーに連れられアジア人街ばかりで食事をし、残り物をしっかり持ち帰り、
皆で勝手を知っている風にわけあって滞在していただろう。
よく喧嘩もしながら。
誰かがその都度とめ、
誰かが忘れ、
誰かが問題をまた起こす。
母はここぞとばかり妹を発揮してトラブルを起こしたりわがままを言ったり、
姉の陽子と大げんかして、デッキーはきっとまたとぼけた顔でとめてくれるだろう。

あまりにも現実的でただの夢とは思えない。
こんな可能性も絶対にあったんだ。
じゃあこれはどこに行ってしまったんだろう。
わたしの中で今も手に触れられるようにデッキーの肩のかんじがする。
ニューヨークの朝の匂いがしてくる。
こんなにも現実。
もしかしたらもう一つの可能性であったかもしれないわたしたちの人生がどこかパラレルワールドの中で続いているのかな。

よっぽどいまの方がみんな少しは成功し、
パートナーもいて幸せなのだけれど、
夢で見たわたしたちがみんななんだかそれなりに楽しそうでリラックスしていて、
懐かしい切ない気持ちになったんだ。

これってなんなんだろう。
みんなどこにいるんだろう。
なんという巡り合わせで今いる場所にきてしまったのだろう。

たまたま夢の中で出て来てくれた
もう一つの私達の人生、
これこそがウニヒピリが蓄えてきたあらゆる情報、
解放されきれていない私達のまたはあらゆる存在のいろんな可愛らしい、
そして可哀想な想いの集合体。
形には残らなかったかもしれないけれど、
今こんな風にして現れてくれたからこそ、
このへんてこな夢を丁寧にクリーニングしたいと
こころから思った。
そこで解放された記憶たちが
今のわたしを優しくなでるようにして自由に解放してくれるような気がする。

夢の中の私達、
今のこの現実よりもさらにへんてこで
ごつごつぶつかり合っていたけれど、
ほんとうに愛おしい。

ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています。

POI
アイリーン

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